【森林ディレクター・奥田悠史インタビュー】これからの林業に欠かせない「自然資本」という視点
2026/04/22
自然を守ることは「きれいごと」なのか。それとも、産業の基盤になり得るのか。森林ディレクター奥田悠史さんは、森を“資源”ではなく“資本”として捉え直し、問いの設計から林業の構造そのものを組み替えようとしている。自然資本という視点森林ディレクター・奥田悠史が設計する「問い」と実装とは。
1.自然資本とはなにか
2.問いをずらすと構造が動く
3.森にお金が戻る設計
自然資本とは
なにか
「自然資本って、人が生きていく上でのベースになるものだと思っていて。会社にとってお金が資本であるように、人間にとっては空気とか水とか森が資本なんですよね。それが失われたら、僕らの生命活動は終わってしまう」。
そう語るのは、長野県伊那市に拠点をもつ株式会社やまとわの取締役であり、“森林ディレクター”として活動する奥田悠史さんだ。森林ディレクターとは、森を管理する人でも、木材を売る人でもない。森とディレクション双方の視点と知識を持ち、森と企業、森と地域、森と暮らしをつなぎながら、課題を解決するアイディアをかたちにする仕事だ。
奥田さんが語る自然資本は、単なる自然資源ではない。木材という物質的な素材にとどまらず、自然のなかで過ごす時間や心地よさ、そこから生まれる空間や関係性までを含めて「資本」と捉えている。一般的な自然資本の定義よりも、やや拡張された解釈だ。
この考えに至った背景には、ビジネスの世界との摩擦があった。「会社を立ち上げたときのテーマは、手の入らなくなった森にどう価値をつけるかでした。でも、投資家や銀行に説明するときに、“環境を守りたい”というだけでは通じなかったんです」。

自然と共生することを、単なる保全や“きれいごと”で終わらせず、活用と接続させる。そのために「自然資源」よりも多くを含みうる言葉として、「自然資本」に辿り着いた。しかし、言葉を得ただけでは構造は動かない。
「企業から“森林に貢献したい”という声は増えています。ただ、直接お返しできるものがないという難しさも感じています。単純な数値の交換では成立しないので、CSVとして一緒に事業をつくるのか、CSRとして健全な森林保全にどう関わるのかを考える必要がある。企業側も、森に対して何をすればいいのか、どう成果が出るのかが分からず困っている。だからこそ、森への投資がどのような効果をもたらすのか、そのロードマップを提案していくことに今力を入れています」。
問いをずらすと
構造が動く
森と企業のあいだに、翻訳と設計の回路をつくる。それが森林ディレクターの役割でもある。ここで、奥田さんが強調するのが、「問い」の設計である。
「林業では“この杉をどう売るか”“未利用材をどう活用するか”という問いが立てられがちです。でもその問いは専門家しか答えられないし、既存事例の模倣に終わりやすい」。
そこで重要なのが、問いをずらすことなのだと奥田さんは続ける。
「“この杉をどう売るか”じゃなくて、“この杉があることで町がどう嬉しくなるか?”って聞いてみるんです。あるいは“この森が残るとしたら、どんな未来を見たいか?”と問い直す。そうすると林業の問題が地域の問題に変わる。誰でも関われる問いになるんです。
逆に、問いが面白くないと、議論はずっと同じ場所を回り続けます。専門家以外は手が出せない難解な問題になってしまいますし、それが今の林業界で起きている大きな課題だと感じています問いの立て方が変わらない限り、構造は変わらないと思っています」。
では、よい問いはどこから生まれるのか。
「問いって、自分の身体感覚からしか生まれないと思っていて。森が荒れたら嫌だとか、この地域と生きていきたいとか。そういう切実な思いこそ重要。そういう感覚を言語化できるかどうかだと思うんです」。
補助金や制度を前提とする現状の産業構造では、効率や制度設計が優先され、個人の感情や思考はそもそも置き去りになりやすい。しかし奥田さんは、その個人的感覚こそが新しい産業の起点になりうると考えている。
「最初にマーケティングから入ると、だいたい面白くなくなるんです。“これなら売れる”という発想から始めると、横並びの商品が増えるだけで。森の仕事って、本当は“これがやりたい”がないと続かないと思うんです。個人の愛着や好奇心がドライバーにならないと、壁は越えられない」。
森にお金が
戻る設計
画像提供/株式会社やまとわ
その問いは、やまとわのプロダクトにも通底している。信州産アカマツを使った経木ブランド「Shiki」もそのひとつだ。
「“未利用材をどう活用するか”という発想ではなかったんです。松枯れ病で少しずつ枯れていってしまう状況の中で、枯れる前にちゃんと使いたい、木の香りや板にしたときの美しさもすごくいいよね、と。まずはそこからでした」。
経木は、かつて食品包材として使われていた薄い木のシートのこと。プラスチックの普及とともに姿を消したが、アカマツは薄く削るとしなやかで、食品を包むのに適している。その特性を活かし、Shikiは設計された。
家具づくりから始まり、林業へ踏み込み、企業と連携し、不採算林の整備モデルへと広がる。10年をかけて、ようやく「手の入らない森に光を入れる」という本来やりたかった仕事に近づいてきたという。
「最初から山に対するインパクトを計算しすぎない方がいい。自分たちが辿ってきた道を振り返ると、興奮できることを本気でやった先に、思いがけない形でインパクトが生まれることがあるんだなぁと思うんです」。
現在は、自治体や森林組合と連携し、不採算な山に手を入れるためのプランニングも進めている。企業からの資金を呼び込み、不足分を補填し、現場の施業は地元の組合が担う。役割を分けることで、全体が回る構造を描く。
「森に投じられるお金の桁が変われば、林業の景色は変わると思っています。いま4万人ほどの林業従事者が、もし40万人規模に広がる市場がつくれたら。それは全く違う産業になる」。
林業の未来は、機械化や効率化だけではなく、「どんな問いを立てるか」によっても形を変える。森林ディレクターという仕事は、その最前線にある。
話を聞いた人
奥田悠史

1988年三重県生まれ。信州大学農学部森林科学科で年輪を研究し、卒業後は編集者・ライター・デザイナー・カメラマンなどを経験したのち、2016年に株式会社やまとわを共同設立、取締役/森林ディレクターとして活動している。森と暮らし、地域と企業をつなぐ課題解決の設計・ディレクションを担い、「森の企画室」など多様なプロジェクトを手掛けている。
著書
自然資本とデザイン
地域の風景と生きていくための思考法

(築地書館)
森林ディレクターとして森と企業、地域をつなぐ奥田悠史さんが、「自然資本」という視点を実践の現場から掘り下げた一冊。放置された森を単に守るのではなく、暮らしや経済と結び直す具体的な挑戦が綴られている。信州の地域材を活かしたものづくりや端材プロジェクトなどの実践を通じて、自然資本の捉え直しと持続可能な社会の設計法を提示する。思想だけでなく、森と人をつなぐ実務のヒントが豊富に詰まっている。
取材・文/曽田夕紀子
FOREST JOURNAL vol.27(2026年春号)より転載














