【フランス林業最前線③】ロレーヌの森が育む人づくりの知――AgroParisTechナンシーキャンパスの森林工学――
2026/10/20
フランス林業を日本で初めて紹介した著書『広葉樹の国フランス』などを執筆する門脇仁氏による連載。今回訪ねたのは、約200年にわたり森林技術者を育ててきたナンシーキャンパス。広葉樹混交林が広がる演習林や、若手林業家による熱い討論から、フランス林業の「森づくり・人づくり」を探る。
メイン画像:ナンシーキャンパスの正門
1.200年の伝統をもつ林学の府
2.広葉樹混交を貫くアマンス演習林
3.世界の若手林業家たちが熱く討論
200年の伝統をもつ
林学の府
ここはドイツ国境に近いロレーヌ地方の中心都市、ナンシー。世界遺産のスタニスラス広場や、ガラス工芸に代表されるナンシー・アールヌーヴォーの芸術様式でも知られている。
1825年、森林官(フォレスティエ)の育成機関がこの地に誕生した。フランス林業の近代化を大きく推し進めることとなった「王立ナンシー森林学校」である。この学校はその後、「国立森林学校」、「国立農村工学・水・森林大学校(ENGREF)」へと変遷。フランスのみならず、ヨーロッパの代表的な林業教育機関へと発展を遂げた。
各校舎には学校運営に貢献した人物の名がつく。ドーブレはENGREF時代の森林総局長でアマンス演習林の創設者。
そして2007年、旧ENGREFはいまの「国立生命環境科学技術大学校(AgroParisTech)」に統合され、グランゼコール(※1)の一部として森林科学や林業経営のカリキュラムを担うキャンパスになった。この再編には、グランゼコールを強化し、競争力を高めるという行政の狙いもあったが、森林経営や生態系保全を社会のあらゆる分野と統合して機能させる必要性が増してきたという背景がある。だからENGREF時代のように、単体の林業学校としての一貫教育体制や進路(※2)指導体制は取りにくくなったかわりに、林業をライフサイエンスや工学全般と連携させながら人材育成ができるようになった。カリキュラムの柱は森林経営、森林資源・木材産業、自然環境管理、都市樹木・都市緑化にあり、創設以来の「現場で専門的な判断を下せる森林技術者の養成」という精神はいまも生きている。
※1 工学、経営、政治、教育などの上級実務者養成校にあたるフランス高等教育機関。
※2 AgroParisTech全体としての卒業生就職先は、コンサルティング(20.6%)、行政(13.6%)、食品(9.7%)、教育・研究(9.5%)、農業・森林関係(8.9%)、エンジニアリング・設計(7.7%)など。
広葉樹混交を貫く
アマンス演習林
ナンシーキャンパス長のミリアム・ルゲイさん。この学校生え抜きの森林教育第一人者
キャンパス長のミリアム・ルゲイさんに、アマンス(※3)の演習林を直接案内してもらえたのは願ってもない機会だった。演習林や実習授業についてだけでなく、キャンパス長としての心がけや、ONF(フランス森林局)勤務時代のエピソードなども聞けたためだ。
(左)アマンス演習林の広葉樹混交林。石灰岩丘陵の土壌と樹間の光量が特徴。(右)最新の地理情報システムと併せて使われるデンドロメーターバンド。
AgroParisTechでは総面積763haの教育研究林を使用している。その中心のひとつがアマンス演習林である。伝統的にブナ、ナラ、シデ、ニレなどの広葉樹混交林を特色とする。100年以上続く樹木園も学校が運営している。また1999年の暴風雨「ロタール」で打撃を受けた林分には、天然更新で再生したナラやニレがすでに育っている。異なる外観(フィジオノミー)をもった林分を隣り合わせに配置し、地域の自然植生を重視した不規則で帯状の森林を維持する。大口径の木に巻きつけられたデンドロメーターバンド(※4)も、この維持管理の目的で利用されている。
ルゲイさんと私は柔らかい林床に座り、サンドイッチの昼食を取った。
「人づくりは森づくりに似ています。樹木にも人間にも寿命はあるけれど、一人ひとりの営為は引き継がれ、地形や気候といった森の環境要因を決定づけていく。今日一日、次世代に何をどう伝えるか。その選択が未来の森を育むのです」。
そう語るルゲイさんの視線の先には、半世紀後の森の姿がとらえられているようだ。
※3 ナンシーから北東約10kmの丘陵地帯に広がる森。
※4 樹幹に巻きつけることで、胸高直径の微妙な変化を長期的に計測できるバンド。
世界の若手林業家たちが
熱く討論
グループワークの総括をするセミナー参加者たち
40℃を超す熱波に見舞われたフランスの夏。ところがバカンスで誰もいないはずの講堂に戻ると、もうひとつの熱気がみなぎっていた。ヨーロッパ各国から国際セミナー研修で訪れた森林関係者たちによる討論である。
「森林研究にステークホルダーをどう参加させるか」。これが午後のセッションのテーマだ。
フランス、ドイツ、ポーランド、フィンランド、カナダなど世界各国から集まった若い林業従事者たちが、まず個々にプレゼンテーション。その後グループに分かれ、緑の中庭で意見を出し合ったあと、講堂に戻ってグループ代表者がパネルを手に総括を述べていく。印象深かったのは、その内容の専門性もさることながら、森の仕事で世界の同業者と対話する彼らの嬉々としたテンションだった。
ガスパロット図書館長が見せてくれた「森林大勅令」(ルイ14世)に関する18世紀の稀少注釈本。保存状態の良さに驚かされる。
翌日は今回の取材に全面協力してくれた図書館長のダヴィッド・ガスパロット氏に、貴重な資料庫を案内してもらった。世界最古の森林法典から組織改編後の調査研究にいたるまで資料が揃い、ここでも伝統と改革の重みを実感できた。
創立300年目に向けて新スタートを切ったナンシーキャンパス。これからも森づくり・人づくりの拠点であり続けることを予感しながら、2日間の取材を終えた。
PROFILE
門脇 仁

森林生態系と林業の日仏比較研究でパリ大学院を修了。政府開発援助専門誌などを経て独立。フランス林業を日本で初めて紹介した著書『広葉樹の国フランス』、北米のセコイア原生林を扱った訳書『樹盗』など、計17冊を執筆。講演活動や大学講義も行っている。
メールアドレス:hitoshi.kadowaki3@gmail.com
■連載記事
第1回目:【フランス林業最前線】モルヴァンの森――小規模分散の強みを活かした私有林経営――
第2回目:【フランス林業最前線②】 ソローニュの森 ――林業と狩猟で生態系を守り継ぐ――
FOREST JOURNAL vol.29(2026年秋号)より転載













