林業に夏の下刈りは必要? 本当に除草剤は危険? 現場・経営に応じた判断を
2020/09/07
森林ジャーナリストが考える林業の未来とは。山仕事でもっともきついとされる夏の下刈り。本当に必要なのだろうか。何か別の手段はないのだろうか。コラム「希望の林業」。
下刈りは必要?
原点から考え直す
山仕事でもっともきついとされる夏の下刈り。その軽減は新植の増えている昨今、焦眉の急だろう。
そこで思いつくのは、除草剤の散布だ。草を生やさなければ下刈りは必要ない。だがこれを林業界で提案すると、世間の猛反発が出る。いわく地下水を汚染する、生態系を乱す……。
しかし拒否反応を示す前に、原点に還って考えてみたい。本当に除草剤は危険なのか。欧米の林業地では普通に除草剤を使っているが、それらをすべて否定できるだろうか。それに除草剤の種類は非常に多くて、それぞれ効能が違う。何を、どこで、どれだけ使うかを見極めないと可否は語れない。
三重県の速水林業では、除草剤によって下刈りの手間を減らしている。使用するのは、世界保健機関が「危険物に該当しない」としたカルブチレート粒剤で、シダとササに選択的な効果が出るものだ。植林した翌年の春に原則150kg/haを1回だけ散布する。使用前に試験を繰り返して、使用量や散布時期と方法を検証し、現場にも扱い方を徹底して教育した。そのうえで安全性を確信して使用しているそうだ。
除草剤や農薬の類も時代とともに長足の進歩を遂げている。たとえば毒性の意味も変わり、動植物なんでも殺すものから、一部の昆虫だけ、草だけにしか作用しない成分が開発されている。原理的に人間にはまったく影響がない。また一定期間で分解されるから残留性も低い。野外に散布しても数カ月、早ければ数週間でほぼ無毒化する。また薬剤成分のほとんどは、地表近くの土壌有機物に吸着されるため地下水に浸透しないことが確かめられている。
もちろん除草剤を幾らでも使えというわけではない。下刈り作業の軽減化と安全性、それにコストを十分に見極める必要がある。地域ごとにどの雑草が苗の成長を阻害するのかを調べ、それに効く薬剤の種類と効果の出る最少散布量、散布時期などを考えて使用すべきだ。
そのままでも苗は育つ?
現場をよく見て
一方で下刈りせずに苗を育てる研究も行われている。すでに和歌山県の植林地で下刈りの有無を比較した実験が行われていた。すると最初は草に覆われたヒノキ苗も、やがて多くが草の背丈を抜いて成長することがわかった。結果として3000本植えた苗のうち1000本以上が問題なく育ったそうだ。その数は初期の間伐後に残す本数と大きく変わらない。もし間伐材を搬出しない経営方針ならば、無理に下刈りをしなくてもよいことになる。
また日当たりや土壌などによって草の生え方が少なく、毎年下刈りをしなくても苗が育つケースもあることに気づいた林家もいた。そこで2年から3年に1度の下刈りに切り換えたそうだ。一方で草が繁茂するところでは毎年行った。
さらに最近は、植えた苗がシカに食われないように苗の周りに草を繁らせておくという手法も取られている。草で多少成長が遅れても、食われるよりマシという発想だ。
ようは植林現場をよく見て、経営全般を考えて判断すること。そうすれば、下刈りの手間とコスト削減は可能だろう。
PROFILE
森林ジャーナリスト
田中淳夫
静岡大学農学部林学科卒業後、出版社や新聞社勤務を経て独立し、森林ジャーナリストに。森林や林業をテーマに執筆活動を行う。主な著作に『森と日本人の1500年』(平凡社新書)、『森は怪しいワンダーランド』(新泉社)、『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)など多数。奈良県在住。
DATA
『絶望の林業』
2200円(税別) 2019年8月5日発行・新泉社刊
ウォッチし続けていると、“不都合な真実”に触れることが多くなった。何から何まで補助金漬け、死傷者続出の現場、相次ぐ違法伐採、非科学的な施策……。林業を成長産業にという掛け声ばかりが響くが、それは官製フェイクニュースであり、衰退産業の縮図である。だが目を背けることなく問題点を凝視しなければ、本当の「希望の林業」への道筋も見えないだろう。
FOREST JOURNAL vol.4(2020年夏号)より転載