「菌」未来!? 木材と菌糸が融合した次世代の建築の形とは?
2023/11/21
食用キノコなどを生み出す菌類。その菌類が餌を探すために伸ばすふわふわとした構造 “菌糸” のポテンシャルは計り知れず、建築に活かそうというのだ。木造建築の延長にある、樹木と菌糸が融合した次世代の建築とは?
建材素材
としての菌糸
菌類は私たちの産業に密接に関わっている。食用キノコの他にも、パンやビールといった発酵食品、サプリメントの栄養成分、抗生物質などは菌類の特殊な代謝能力を借りて生み出されている。
最近では、菌類が餌を探すために伸ばすふわふわとした構造 “菌糸” で作った包装ケース、代替肉、果てには土に還る棺桶が開発されている。
菌糸のポテンシャルは計り知れない。そんな菌糸を建築に活かそうとするプロジェクトまで存在する。従来の木造建築の延長にある、樹木と菌糸が融合した次世代の建築、その可能性を探ってみよう。
そもそも菌糸とは一体何?
菌類にはシイタケ、キクラゲ、サルノコシカケ、冬虫夏草、パン酵母など様々な種類が含まれる。その中でも、倒木をエサにする一部の菌類は、土からエサである倒木にたどり着くために菌糸を伸ばす。
菌糸はキノコの本体といえる。植物に例えるなら「菌糸」は「根」や「茎」、「キノコ」は子孫を残すために咲く「花」にあたる。
私たちがよく知るシイタケやマイタケも本体は「菌糸」であり、野外の枯れ木や土の中から頭を出すのは「キノコ」ばかりであるため、本体に気付きづらい。
菌糸は細胞と細胞の周りを覆う細胞壁で構成されている。細胞壁は厳しい外の世界から細胞を守るための壁となる。動植物にはない、菌類の特殊な構造である“菌糸”が今、持続可能な建築用材として期待されている。
菌糸素材のキホン
菌糸をもとにつくられた素材は防音性や耐熱性、自在な形にできる成形性に優れ、しかも軽量である。
建築用材に使われる菌糸ベースの素材は、菌糸と菌糸を育てる培地が一体化している。建築時には菌糸体複合材として利用される。
では、その菌糸体複合材はどのように作られるのだろうか。
まず、型の中に培地として麻の繊維やトウモロコシの茎、サトウキビなどが投入され、そこに菌糸を混ぜる。菌糸は培地を餌に隙間を埋めながら成長し、全体が菌糸で埋め尽くされる頃には培地が一つの塊となる。その塊を加熱したり乾燥させたりすることで、菌糸の成長を止め、菌糸体複合材が完成する。
菌糸の成長は速く、数日から数週間程度のうちに一つのブロックができ上がる。数十年かかる樹木に比べれば段違いに速い成長だ。しかし、木材には強度の点で大きく劣る。木材よりも脆そうな菌糸が建築材としての役割を果たせるのだろうか。菌糸を素材とした建築にはどのような実例があるか、実現した菌糸建築プロジェクトを見ていこう。
菌糸ブロックの塔
『Hy-Fi』
『Hy-Fi』はThe Livingによって2014年に製作された、菌糸体複合材のブロックを約10,000個積み重ねた12m越えのタワーである。
菌糸ブロックは菌糸由来のレザーなどを販売するEcovative社製だ。トウモロコシの廃棄される茎を培地に成長させた菌糸をブロック状の型で成形し、レンガのように組み立てている。
このタワーは3ヶ月に渡って展示された。イベント後には粉々にして地面に撒かれ、土壌微生物に分解され自然に還ったという。
農業廃棄物と菌糸という持続可能かつ環境に優しい素材で製作された『Hy-Fi』タワーは、建築における国際的な賞であるホルシム賞銅賞を受賞した。
生きた菌糸と木材の融合建築
『MY-CO SPACE』
この建築プロジェクトは学者や建築家、アーティストからなる学際的なチーム『MY-CO-X』によって立ち上げられた。
木材で骨組みをつくり、麻の繊維を培地に成長させたパネル状の菌糸300枚を壁として貼り付けていく。内部は有人宇宙船をモデルにしており、仕切りのない一つの部屋で、その中に睡眠用や作業用のスペースが設計されている。
この建築の菌糸は生きており、成長するにつれて骨組みとなる木材と融合する。生きた菌糸を建築材に用いることで、自然に穴をふさぐ“自己修復能力”も期待できる。
菌糸×竹×3Dグラフィック
『MycoTree』
先に紹介した二つの例と異なり、『MycoTree』は建築を内側から支える柱の役割を果たす。
この建築はカールスルーエ工科大学とスイス連邦工科大学が共同制作し、ソウルのイベントで披露された。
菌糸体複合材は強度の点では明らかに木材に劣り、実用性は低い。
そこで3Dグラフィックで計算された安定な構造に従って菌糸ブロックを配置する樹状の柱構造が考案された。
一つの菌糸ブロックは二枚の竹の板で挟まれているが、構造自体は菌糸ブロックによる圧縮の力のみで支えられている。材の強度ではなく、形状によって安定性を生み出すことで菌糸建築の可能性を広げた。
これらのプロジェクトは展覧会用に制作されたものであり、実用化には至っていない。一方で菌糸ベースの家具など、構造の一部として販売されている商品もある。
家具メーカーのIKEAは包装材として、革製品メーカーの土屋鞄製造所はランドセルの素材として菌糸製品の開発に取り組んでいる。
プラスチックや動物由来の革の代わりに、廃棄されるはずの農林業副産物で育てた菌糸の有効活用が広まれば、持続可能なモノづくりに一歩近づくかもしれない。
人類の歴史において衣食住を形づくってきたのは主に植物、動物、鉱物であった。そのどれでもない新たな素材として“菌糸”に期待が集まり始めている。身近な土の下にも張り巡る細い糸が、未来の衣食住として頭角を現すかもしれない。
DATA
・建築例(英語)
・IKEAの菌糸包装材(英語)
参考文献1:Adamatzky, A., Ayres, P., Belotti, G. and Wösten, H. (2019)
参考文献2:Fungal Architecture Position Paper.
参考文献3:International Journal of Unconventional Computing, Vol. 14 Issue 5/6, p397-441
文/天野桂