注目キーワード

イノベーション

“伐らない林業”が目指すもの【後編】中川流、新しい林業の働き方とは?

和歌山県田辺市にある林業ベンチャー・株式会社中川。“伐らない林業”を目指している。育林に特化した造林会社の取り組みも特徴的だが、さらに注目したいのは「新しい林業の働き方」。創業者の中川雅也さんに話を聞いた。

メイン画像:植樹の様子。育林技術に特化して教え込むため、人材育成スピードも早い。

地域と企業を巻き込む
育苗事業のカタチ

株式会社中川では、2017年に始めた育苗事業も拡大を続ける主力事業の一つだ。林業衰退に伴い、育苗の担い手不足は全国的に深刻化。苗を育てても、安定的な売り先がないことも大きな要因だった。

一方、自社で植樹を行う株式会社中川の場合なら、育てた苗の出口を担保することができ、育苗を安定的で利益率の高い事業として成立させることが可能である。ちなみに株式会社中川では、スギやヒノキの苗の生産も手掛けるが、特に力を入れているのが広葉樹だという。

例えば紀州備長炭の原料であり、和歌山県の県木でもある「ウバメガシ」。通常は、九州や四国から苗を仕入れるのが一般的だが、ウバメガシは田辺市のシンボル木だ。そのため、地域のそこかしこで、ウバメガシのドングリを見つけることができる。せっかく無料のドングリがあるのだから、県外からわざわざ取り寄せるのではなく、自分たちで育てればいい——。そうしてウバメガシの育苗事業をスタートしたのだった。


自社で育てているウバメガシの苗木。地域と森林を守る森再生事業を実践。 

この育苗事業においても、株式会社中川をハブにした地域連携の技が素晴らしい。まず、ドングリは地域の子どもたちとともに拾い集め、株式会社中川で発芽させる。その後、地域の人や森林保全に賛同する企業の人たちが苗を育成。そうして育った苗は株式会社中川ですべてを買い取り、最終的に賛同企業とともに地域の山に植えていくという流れを実現しているのだ。

地域内でお金が循環し、広葉樹の森が増え、まさに関わる人すべてが笑顔になる取り組み。その功績が認められ、この育苗事業は「熊野の森再生事業」として2020年グッドデザイン賞を受賞した。



株式会社中川を経て、
全国で後継者が活躍


地元出身者の他、移住者も多く個性的な従業員が集まっている。

地域や企業を巻き込みながら、ソーシャルグッドで持続可能な形に実装し、ビジネスとして成立させる。その手腕は、まさに株式会社中川の強みだといえるだろう。育苗にしても、育林にしても。その経験とノウハウが求められる場面は全国的に数多いはずだが、自社の県外進出は考えていないと、中川さんはきっぱり断言する。

和歌山県内の植栽放棄地をゼロにすることが、われわれの明確なビジョンの一つ。県外進出は県内でもう植える山がない、和歌山県は完璧となってからですが、まだまだ時間がかかります。全国展開した方が手っ取り早くお金は稼げるのでしょうが、自分の地元を誇れる状態にする前に、儲けを優先するのはポリシーに合わない。それに、多忙で子どもたちと遊べなくなったら本末転倒です。いかに多く稼ぐかというのが一流の経営者のセオリーだとしたら、僕は三流でいい(笑)。自分の家族と従業員とその家族、地域に住む人たち。その三方が笑っている世の中が最高だと思っているので」。

株式会社中川が掲げるミッションの一つが、「三方Well-Being~顧客と従業員と縁ある人の満足度を高める」ことだという。そんな伸び伸びとした社風に惹かれてか、「今まで求人募集を出したことがない」にも関わらず、問い合わせが数多く、社内には多彩な人材が集う。また、フレックスタイム制6時間、全員の給与明細公開など、さまざまな働き方改革を実施。その中の一つ、「ヘッドハンティング制」は起業支援の制度で、起業の際、社内から2人まで会社任意で連れ出してOKというもの。実際に株式会社中川でインターンや従業員として学んだ人が、全国各地で「木を伐らない林業会社」として起業しているという。つまり、自社で県外展開をせずとも、中川スピリットは着実に全国で芽吹きつつあるのだ。

「現在9県に7社の拠点がありますが、今後も独立などさまざまな可能性があります。僕は10年後の50歳を期に退社し、今度は妻のための時間を作りたいと思っていて。このペースでいけば、あと10年で47都道府県に拠点ができるはずなので、日本の好きな場所に移住して、そこで雇ってもらえる環境をつくりたい。林業従事者こそ日本で一番自由に働ける職種だよね、というところまで10年で持っていくのが目標です」。

得意の戦略的思考と豊かな発想力、そして圧倒的な実行力で。中川さんの壮大な目標は、きっと叶えられるに違いない。

中川流、新しい林業の働き方とは?


創業時から掲げた社訓「育林は育人」。

「誰も取り残さない雇用」を掲げ、株式会社中川では林業の働き方改革を実践。

●フレックスタイム制6時間
好きな時間から働くことができ、家族や子どもの予定にも合わせることができる。

●隔月の給料査定制
現場従業員責任者が2ヶ月に1回給料査定を実施。頑張りや成長を給料に反映しやすくなる。

●役員報酬は新入社員以下
役員は名誉職のため、新入社員の給与より報酬を低く設定。また、広報や採用に費用をかけず現場作業員の給与や福利厚生に還元。

●日当制
自分のペースで働ける日当制を採用。お金か時間か、優先したい方をフレキシブルに自分で選ぶことができる。

●全員の給与明細を公開
どのくらいの作業ができれば、日当がどれくらいもらえるのかがわかり、目指すべき人物像が明確になる。また、作業の効率化、働くモチベーションアップに。

●ヘッドハンティング制
独立するときは社内2人までヘッドハンティング可能。林業経験がある従業員がいることで、より起業しやすくなる。



PROFILE

株式会社中川
和歌山県田辺市文里2丁目32-7
TEL: 0739-33-9850


写真・取材・文:曽田夕紀子

FOREST JOURNAL vol.18(2023年冬号)より転載

関連記事

林業機械&ソリューションLIST

アクセスランキング

  1. 樹上⇔地上の連携をスムーズに! 「特伐のプロ」が選ぶインカムとは?
  2. 持続可能な林業に貢献するプリノートのフォワーダ。再造林率日本一を目指す宮崎県でも躍動!...
  3. 山林向けハイスペック刈払機が登場! パワフルでも取り回し◎
  4. 「安全」を徹底追求! 急傾斜地に強い次世代フォワーダが活躍
  5. 人材が定着する組織づくりは、習慣やルールの見直しから! 林業の安全管理と人材育成のポイント...
  6. 伐採も粉砕もこいつだけでいいーーイタリア生まれの破壊王「FEMAC」
  7. 【東京・四国】プロジェクトリーダー募集! SOLABLEフォレストで、未来の森林を一緒に作りませんか?...
  8. 【2023年版 大型チェンソー7選】メーカーに聞く「林業向け」機種、最適な1台は?...
  9. ベテランフォレスターが徹底比較! 現場目線で語るアイテム試着レビュー【ヘルメット編】...
  10. フリーマガジン「フォレストジャーナル」最新秋号 9/30発行!

フリーマガジン

「FOREST JOURNAL」

vol.21|¥0
2024/9/30発行

お詫びと訂正

» Special thanks! 支援者さま一覧はこちら