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林業者の取り組み

従業員の睡眠を可視化? 科学的な労務管理で実現する林業の健康経営

林業の現場は常に危険と隣り合わせで、スタッフの健康管理は安全と生産性に直結する。日本木青連の会長で山共代表取締役の田口房国さんと、東大発のスリープテック企業の宮原 禎さんが「林業経営とヘルスケア」について語り合った。

<目次>
1.過酷な生産現場が直面する 人材確保と健康管理の課題
2.睡眠不足が招く 集中力低下と労働災害の深い相関関係
3.主観と客観のズレを埋める データ活用の有用性

 

過酷な生産現場が直面する
人材確保と健康管理の課題

PROFILE

株式会社山共
代表取締役

田口房国さん


株式会社山共代表取締役。日本木材青壮年団体連合会会長。銘木「東濃ひのき」の製材業を営む傍ら、森林レンタルサービス「forenta」を開発し、「木を伐らない林業」を実践する森林スタートアップとしても注目を集めている。伝統の継承と林業の革新に挑む。

林業を次世代に選ばれる持続可能な産業にするためには、常に経営資源の見直しとアップデートが必要です。データに基づく科学的な健康経営を業界全体に広げ、林業の新しい未来を切り開いていきましょう。


株式会社ACCELStars
代表取締役CEO

宮原 禎さん


株式会社ACCELStars代表取締役CEO。東京大学発のスリープテック企業を率い、高度な睡眠解析技術を用いた医療・健康経営支援サービスを展開する。

経営陣や現場スタッフが「大丈夫」と主観に頼る過信を捨て、客観的な睡眠データで心身を正しく把握し、誰もが健やかに働ける安全な組織文化をともに築いていきましょう。


山共の現場スタッフ

――林業現場の健康管理を取り巻く現状とは。
田口 私たちの木材生産、製材の現場は、チェンソーや重機といった危険な道具を扱います。足場が悪い急傾斜地での作業や、夏場の厳しい酷暑など、常にケガや危険と隣り合わせの非常に過酷な環境です。現場にたどり着くだけでも体力を激しく消耗しますし、冬の厳しい寒さや悪天候の中でも作業を続けなければなりません。

また、林業の現場はチーム単位、班単位で動く仕事が非常に多いです。そのため、誰かひとりが体調を崩して急に欠勤してしまうだけで、その日の現場全体のバランスが一気に崩れてしまいます。現場のスタッフは、夜の9時や10時には就寝し、朝は6時前に起きるという規則正しい生活を心がけている人が多いですが、これまで個々の体調管理は完全に本人任せ、主観任せの状況でした。会社としては、スタッフの自己管理ができていると信じるしかなく、組織的・科学的に健康にアプローチする具体的な手段が見出せていませんでした。

宮原 林業従事者の高齢化が進む中で、不眠症睡眠時無呼吸症候群(SAS)といった、本人の自覚がない睡眠トラブルを抱える作業員を早期に発見し、健康起因の重大事故を防ぐことは業界共通の急務と言えます。本人が「自分は健康だ」と思い込んでいる未自覚層の段階からしっかりとアプローチを開始し、睡眠の課題を放置しない環境をつくることが重要です。

睡眠不足が招く集中力低下と
労働災害の深い相関関係


製材工場では始業前にラジオ体操。

――睡眠の状態と現場の事故にはどのような関係があるでしょうか。

宮原 林業における事故の多くは、一瞬の「集中力の低下」や「判断ミス、判断の遅れ」によって発生します。前日の睡眠不足や睡眠の質の低下は、翌日の注意力を劇的に低下させてしまいます。科学的なデータによると、ひと晩の徹夜は酒気帯び運転と同等の認知能力低下を招くことが証明されています。

また、夏場に熱中症を引き起こす引き金の1つが、実は「前日の睡眠不足」であることが医療の視点からも明らかになっています。人間は適切な睡眠を取ることで、自律神経の働きによって深部体温を下げ、身体を休息させます。しかし、睡眠が不足すると自律神経のバランスが乱れ、翌日の体温調節機能が著しく低下してしまうのです。

田口 林業のケガは、これくらいなら大丈夫だろうという「横着」や、無意識のうちに集中力が切れて、その場の勢いで作業をしてしまった時に起きるケースが目立ちます。特に夏場、深い山の中で熱中症を発症してしまえば、都市部と違って救急車の到着や搬送にもかなりの時間がかかり、一刻を争う事態になります。

だからこそ、本人の感覚だけに頼るのではなく、前夜に十分な睡眠が取れており、熱中症に対抗できる身体の状態が整っているのかを客観的に裏づけるアプローチが、現場を預かる経営層にとって非常に重要だと感じています。

主観と客観のズレを埋める
データ活用の有用性


出典:Yuki Motomura, et al. PLoS One. 2013

宮原さんが率いる株式会社ACCELStarsは、東京大学発のスリープテック企業である。独自の睡眠解析技術をベースに、睡眠の「未自覚層」から「障害罹患層」までをシームレスに対象とした事業を展開。従業員の睡眠を可視化して健康経営を支援する「睡眠健診(SLEEP COMPASS)」の提供や、AIによる睡眠検査データの解析支援、各種疾患のスクリーニングを行う医療事業を手がけている。

――健康管理をどのように具体化していくべきでしょうか。

宮原 私たちは、客観的な睡眠データと、日々Webで行う主観的な問診を掛け合わせることで、本人も気づいていない隠れた睡眠課題を明らかにするアプローチを行っています。現場責任者が朝の朝礼で「しっかり眠れましたか?」と口頭で確認しても、作業員は無理をして「大丈夫です」と答えてしまいがちです。

しかし、睡眠のデータを客観的に可視化すれば、「本人は大丈夫と言っているが、前夜に中途覚醒が頻発しており、注意力が落ちている。熱中症リスクも高い状態にある」ということが明確にわかります。これによって、「きょうのAさんは危険な伐採作業ではなく軽作業に回そう」といった、主観に頼らない的確なスクリーニングと安全な人員配置が可能になります。

また、この「主観」と「客観」のズレは、現場の作業員だけでなく経営層のみなさんにも強く現れる傾向があります。多くの責任を背負う経営トップや管理職の方々は、夜遅くまでの事務作業や重要な決断に追われ、慢性的な睡眠不足に陥っているケースが少なくありません。しかし、睡眠不足は1日だけでも、脳の理性的・論理的な思考や感情のコントロールをつかさどる「前頭前野」の機能を著しく低下させることがわかっています。恐ろしいのは、脳の機能が落ちている当の本人はその事実にまったく気づかず、「自分はいつも通り動けている」と誤認してしまう点です。客観的なデータを用いて自身の睡眠状態を正しく把握することは、経営陣が常にクリアな思考を保ち、誤った経営判断や不適切な組織マネジメントを防ぐためにも不可欠です。

田口 人間は、自分自身の慢性的な睡眠不足を「これが普通だ」と思い込んでしまいやすい性質があります。特に山林での作業に長年従事しているベテランほど、過去の経験則に頼って自分の限界を過信しがちです。しかし、データという客観的な指標を見て初めて、「実は自分の身体は悲鳴を上げていたんだ」と、本当の体調の波に気づくことができるのだと思います。これは現場のスタッフだけでなく、経営に関わるすべての人間が等しく自覚しなければならない盲点ですね。

自立した林業経営に向けた
科学的な労務管理

――今後の林業経営におけるヘルスケアの展望は。

宮原 睡眠不足が当たり前になっている状態、いわゆる「睡眠不足症候群」から脱却することが、組織の安全文化を大きく前進させます。経営層が自らの睡眠不足を自覚して脳をしっかり休息させることは、確実なデータによるスクリーニングや的確な経営判断を下すためだけでなく、組織全体のメンタルヘルスを良好に保ち、部下への高圧的なコミュニケーションを防いで、安心して働ける職場環境をつくるためのトップ自身の重要なヘルスケア対策だと言えます。睡眠データをもとに、必要であれば医療機関ともシームレスに連携できる受け皿をつくることが、組織全体の健康を支える基盤になると思います。

田口 業界全体として、まだこうしたヘルスケアや睡眠の重要性についての知見は広く認知されていません。これまでは「根性」や「自己責任」、あるいは「木を伐る仕事なのだから、体を酷使するのは当たり前だ」という古い風潮で片づけられてきた労務管理を、確かなデータに基づいて科学的に変革していく必要があると感じました。

林業が持続可能な産業として若い世代に選択してもらうためには、自立した経営基盤の確立と同時に、働く環境の安全性を担保し、スタッフ一人ひとりの幸福度を高める健康経営が不可欠です。この情報発信と教育を、私たちの会社だけでなく、業界全体へ広げていきたいと考えています。


撮影/金子怜史
写真提供/株式会社山共 
企画/宮本義昭(日本木青連広報委員会アドバイザー)
取材・文/フォレストジャーナル編集部

FOREST JOURNAL vol.28(2026年夏号)より転載

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