子どものひと言から始まった変革。家族との時間がもたらす心身のヘルスケア
2026/07/09
和歌山県田辺市の株式会社中川は、従業員の「家族との時間」を最優先に掲げて独自の労働環境を整備している。家族とのふれあいを健康の基盤と捉え、心と身体のゆとりを生み出す、同社の先進的なヘルスケアマネジメントを取材した。
メイン画像:株式会社中川のスタッフ(和歌山県田辺市)
背中を押した長男の言葉と
家族優先の起業思想

創業者の中川雅也さん
株式会社中川の健康経営と働き方改革の礎は、創業者である中川雅也さんの個人的な原体験にある。大学卒業後、中川さんは商社に勤務し、インドネシアのスラバヤで貿易の仕事に携わっていた。当時はまさに激務の連続で、深夜に帰宅してはわずかな睡眠しか取れず、移動中の車内で仮眠を取るような過酷な毎日だった。
その後、現地でデング出血熱にかかったことを機に商社を退職し、地元へUターンして森林組合に就職する。しかし、生活が一変したわけではなかった。
ある日、当時3歳だった長男から「もっと遊んでほしい」と真剣な顔で訴えられた。激務に追われた商社時代の苦い記憶と、子どもの切実なひと言が重なり、中川さんの心は大きく揺れ動いた。「今度こそ家族との時間を最優先にできる仕事をしよう」と決意し、森林組合を退職して立ち上げたのが、株式会社中川である。
起業にあたり、中川さんは自らトップの座に就かず、一従業員として現場に入るという選択をした。「経営者がトップダウンで従業員を管理するのではなく、自分が実際に働きたいと思える理想的な環境を現場目線で追求したかったんです」。
50年から70年もの歳月をかけて森を育てていく林業だからこそ、日々の労働時間を柔軟にコントロールし、家族のための時間を創出することは十分に可能であるというのが中川さんの視点であった。「子どもと思いっきり遊べる職場をつくる」という強い思いを従業員の目線から追求した結果、同社は私生活と健康を支える独自の企業へと成長を遂げた。
家族との絆を深める
1日6時間労働制

株式会社中川は「木を伐らない林業」を掲げて、育苗、植林、森林コンサルなどの事業を展開している。
従業員の心身のゆとりと健康を確保するため、株式会社中川が2017年に導入したのが「1日6時間労働制のフレックスタイム」である。この制度により、従業員は過度な身体的疲労を蓄積させることなく、自分のペースで仕事を進めることができる。この短時間労働制によって、従業員が夕方の早い段階で退勤し、家族とともに食卓を囲みながらおしゃべりを楽しむ日常が生まれた。
さらに同社のヘルスケアマネジメントは、季節ごとの身体的負荷にもきめ細やかに対応している。中川さんはその意図を次のように説明する。
「夏場は朝5時に出勤して11時には仕事を終えます。太陽が昇りきって一番暑い時間帯には仕事を終えて家に帰っている状態をつくることで、熱中症のリスクを徹底的に回避し、現場の安全と肉体的なゆとりを確保しています」。
株式会社中川では、男性従業員の育児休業取得を推奨している。新入社員であっても即座に取得できるよう、入社後すぐに育児休業が取得できる形へ社内規則を改定した。2022年4月に入社し、同年8月から2ヶ月間の育児休業を取得した中畑洋平さんは、当時の経験をこう語る。
「初めての育児を経験して、おむつ替えやお風呂入れ、家事全般の大変さを身を持って感じ取りました。妻の不安に寄り添い、夫婦で協力して育児に向き合うための貴重な時間になりました」。
また、同社では出勤直前であっても、LINEなどの速やかな報告だけで当日の欠勤を無条件で認める制度を導入している。同社が手がける植林や育林の受託管理は、長期的な計画に基づいて進められるため、ある1日に従業員が休んだとしても、全体の進捗に大きな支障をきたすことはない。この柔軟な体制が、子育て世代が気兼ねなく休める心理的安全性をもたらし、従業員のメンタルケアに大きく寄与している。
私生活をサポートする
先進的なヘルスケアマネジメント
従業員の健康を全方位からサポートするため、株式会社中川は「対話」「環境」「技術」の3つのアプローチから、先進的なヘルスケアマネジメントを実践している。
①対話によるメンタルヘルスケア
従業員の心の健康を保つため、同社では定期健康診断に合わせて、希望者がキャリアコンサルタントと1時間じっくり面談できる制度を導入した。中川さんは、「仕事だけでなく、家庭環境やライフプラン、職場では言えない個人的な悩みまで第三者に自由に相談し、ストレスを溜め込まない仕組みにしています」と説明する。
②天候リスクを排除する屋内就業環境の整備
悪天候時の斜面作業はスリップや転倒などの労働災害を引き起こす大きな要因となる。同社では雨の日の無理な山林作業を未然に防ぐため、屋内での安全な作業環境として「アロマ工場」と「木工所」を今年度中に開設する予定だ。「雨の日でも安全に、かつ安定して働くことができる屋内拠点を設けることで、自然環境に左右されずに従業員の労働安全を守り、安定した雇用とヘルスケアを両立させます」 と中川さんは意気込む。
③テクノロジーによる身体的負荷の解消

ドローンを活用して肉体的疲労を軽減。
重い苗木や資材を抱えて急斜面を登る作業は、作業員の肉体的な疲労を蓄積させる最大の要因であった。同社は2019年に林業資材運搬用の大型ドローンを自社開発した。往復1時間かけていた荷物の運搬をわずか2分へと短縮し、現場の肉体的疲労を劇的に低減させた。現在では多くの従業員が国家資格を取得して機体を操作している。

大型ドローンで苗木や資材を運搬。
中川さんは、同社が目指す健康経営の本質をこう結んだ。
「私たちは、お金を払っているから労働力を提供してもらうという従来の考え方ではなく、『大切なパートナーを会社としてお預かりしている』という感覚で従業員と接しています。人は働くために生まれてきたわけではありません。会社に来たときよりも、より豊かな気持ちになって家族のもとへ帰ってもらうにはどうすればいいか。それを追求することこそが、私たちが考える健康経営です」
取材・文/フォレストジャーナル編集部
写真提供/株式会社中川
FOREST JOURNAL vol.28(2026年夏号)より転載














