東大発ベンチャー・本郷植林研究所が挑む、早生樹が育む持続可能な未来
2026/08/07
早生樹が育む持続可能な未来一本の木を、食へ、燃料へ、環境価値へ――。東京大学発ベンチャー・本郷植林研究所は、早生樹を起点に林業の新たな出口を組み立てようとしている。独自の構想を形にしてきた小野泰宏さんと盛裕介さんが描く未来に迫った。
メイン画像:画像左・株式会社本郷植林研究所 代表取締役 小野泰宏さん/画像右・東京大学総括プロジェクト機構 MbSC2030総括寄付講座特任研究員 盛 裕介さん
「出口がない林業」を変える、
東大発ベンチャーの発想
「植物が世界を変える」。
その言葉を、理念だけで終わらせない人たちがいる。小野泰宏さんと盛 裕介さん。東京大学大学院工学系研究科の研究室で出会った同級生であり、東大発ベンチャー・本郷植林研究所を一から立ち上げた二人だ。
彼らが挑んでいるのは、木を育てる技術そのものというより、木の価値の流れをつくり直す仕事だと小野さんは話す。
「林業における課題で一番大きいのは、やっぱり出口がないから循環がない、ということに尽きると思うんです。せっかく木を育てても、買ってくれるマーケットがなければ出ていかないし、循環もしない。だから僕らは、木を育てるところだけじゃなくて、その先の使い道まで含めて、ちゃんと出口をつくりたいんです」。

林業の時間軸を書き換える、成長の早い早生樹の森
そうした出口と循環を生み出すための突破口となるのが、通常の数倍という速度で成長する早生樹の存在だ。ハコヤナギという国産品種で、そのルーツは明治・大正期までさかのぼるという。
まだ木工製品やマッチ用材が重要な輸出品だった時代、成長の早い木をどう育てるかは切実な研究テーマでもあった。そうした背景のもとで東京大学農学部がヨーロッパのポプラと日本のヤナギの交配を進め、北海道でも大規模な植林と育種が重ねられた。そうした流れは昭和30年頃まで続き、日本はかつてヤナギ類で世界最速級の品種を生み出していたのだという。
そして時を超えていま――。その歴史ある研究成果を、現代の社会実装へとつなぎ直すべく取り組みを行うのが、本郷植林研究所である。東京大学では、遺伝子操作ではなく、従来育種や交配をベースに約10年にわたる研究を通じ、通常よりも5倍の速度で育つ早生樹を開発。品種名は、「もりのみらい17号」。宮崎県の林田樹苗農園にて小規模販売もすでにスタートしており、植樹も試験的に進んでいるという。
「2〜3年でここまで成長するんですよ」と、輪切りにスライスされた直径15cmの早生樹のサンプルを見せてくれながら、小野さんは語った。

通常なら10年以上の太さに、わずか3年で育った早生樹
「日本の植林はスギ・ヒノキが主ですが、その太さになるまでに、通常なら10年以上がかかる。でも、早生樹なら1年、2年目、3年目でどっと大きくなる。この木でできる事っておそらく一杯あるのではないか、というのがきっかけでした」。
実際、それが具体的なかたちで表れているのが、キノコ栽培だ。現在、国内のキノコ生産の多くは、木を細かく砕いたおが粉を固めた菌床で支えられている。ところが、その原料となる広葉樹が足りない。日本の林業では、ナラやクヌギなどの広葉樹は計画的に育てられてこなかったためだ。
そこで注目したのが、成長が早く、安定供給しやすい早生樹だった。本郷植林研究所は菌床メーカーと共同研究を重ね、早生樹由来のおが粉を原料として活用する検証を進めてきた。現在は実証とコスト検証を終え、商業化に向けた段階に入っている。
「木とキノコには相性があるのですが、この木はおが粉にものすごく適していて。共同研究を進めるなかで、取れるキノコのボリュームも大きいし、味もいいという結果が出てきた。実際に収穫したキノコも食べましたがとても美味しくて。十分に商品性があると感じています」(小野さん)。
木を燃料へ変える、
純国産SAFへの挑戦

植栽後2~3週間で活着し、わずか6~7ヶ月で5m超の背丈になる
林業の出口を増やすための取り組みは、もちろんキノコだけに留まらない。なかでも画期的なのが、木質バイオマスから持続可能な航空燃料(SAF)を生み出すプロジェクトだ。
SAF製造というと、廃食油を水素化処理して燃料化したもの(HEFA)が広く知られているが、より原料ポテンシャルが大きく、将来的に大量の燃料化が期待され、世界的に注目されているのが、木質原料を使用したSAF製造だ。
本郷植林研究所では、FT合成(フィッシャー・トロプシュ法)と呼ばれる手法により、木質バイオマスをいったんガス化し、そこから合成ガスの触媒反応を経て液体燃料へと変えていく技術を開発し、純国産SAF製造に挑戦。すでに東京大学での合成試験に成功しており、大手航空会社の参画を経て、商業化に向けた体制構築と実証の段階へ進んでいるという。
「今、山にある木も活用できるし、製材工場で出る切り粉や木質系の廃材も原料にできる。だから、早生樹が育つのを待つ前の段階から、いま出口に困っている木を動かせるんです。技術的な筋道は具体的に見えていて、理論も実証も進んでいる。
次の課題は、それを商業化するときに現れる問題を、一つずつ検証していくことです。木を集め、燃料に変え、運び、実際に使うところまでつながって、初めて産業になる。そこまでできれば、林業の新しい需要になるし、地域に仕事と循環を残していけると思っています」(盛さん)。
彼らが目指しているのは、巨大な単一プラントではない。各地の木質資源と既存インフラを生かしながら、原料調達から貯蔵、物流、給油までをつなぐ小型分散型のモデルである。木を燃料へ変える技術を、地域のなかで回る産業の仕組みへ―。その構想が社会実装されれば、日本の林業も、エネルギーのあり方も、大きく姿を変えていくはずだ。
二人が見据える、
林業の次の時間
盛さんの原点を辿ると、木から燃料をつくるという画期的な構想も、むしろ自然な延長線上に見えてくる。石油関連の仕事に就いていた父の都合で、中東の砂漠地帯で生まれ育ち、その後は大学で機械工学を学び、プラントエンジニアとして現場にも携わってきた。エネルギーを、理想ではなく現場の問題として見てきた人である。
「僕はもともとエネルギーやプラントの世界にいたので、製油所を始めとするエネルギープラントが止まることの重みを現実の問題として見てきました。これらの設備は、燃料をつくるだけでなく、雇用や周辺産業を支える地域社会の基盤でもある。だから、それを閉鎖するのではなく、より環境負荷を下げたりあるいは新たな付加価値を生む設備へどう転換していくかが大事だと思っている。木を原料にしたSAFは、その転換を具体化できるテーマだと思っているんです」。
そうした視野の延長線上にあるのが、早生樹を軸にした砂漠緑化の取り組みだ。サウジアラビアなどの乾燥地で植林を進め、炭素吸収量を可視化し、国際認証基準であるVCSに基づくカーボンクレジットの創出と収益化につなげていく構想である。東京都の「Global SouthGX」事業にも採択され、現地大学との共同研究やフィジビリティスタディも始動。将来的には、こうして育てた木をグリーン燃料へと展開していく構想も描いているという。

東京都「Global South GX」事業の一環でサウジを訪問
一方で、小野さんはまた別の角度から林業へたどり着いた人だ。公務員家庭に生まれ育ち、もともと社会資本やインフラのような、社会を長く支える仕組みに関心があったという小野さん。その後は商社、海運、インフラ投資の世界を歩み、留学先のハーバード大学で公共政策を学んだ。そうした経歴を経たからこそ、森林を単なる自然資源ではなく、木材やバイオマス、SAF、カーボンクレジットを生み出す産業基盤として見る視点を持ち合わせている。
「ビジネスの世界では、どうしてもイージーに稼げるものに人も金も集まりやすい。でも公共政策は逆で、どれだけハードな社会課題か、その課題をどう克服するか、そういうところに価値があるんです。林業はまさにその領域だと思っています。木を育てるだけでは循環は戻らない。キノコにもなる、燃料にもなる、環境価値にもなる。そういう出口を具体的に示していくことで、いま動いていないものを、もう一度動かせるかもしれない。僕らはそこに挑戦しているんです」。
二人が別々に積み上げてきた時間があってこそ生まれた挑戦も、始動から約10年。植物が世界を変える――そんな未来がいま、現実のものとして形を結び始めている。
PROFILE
小野泰宏さん

株式会社本郷植林研究所 代表取締役。博士(工学)、ハーバード大学大学院 公共政策修士。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。三菱商事で北米・アジア・日本における戦略投資・事業開発に約15年間従事。東京大学発の研究成果をもとに、植物科学の社会実装と事業化を推進している。
盛 裕介さん

博士(工学)。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。東京大学総括プロジェクト機構 MbSC2030総括寄付講座特任研究員。エネルギー・プラント分野で海外大型案件に長く携わり、その知見を生かして社会GXに関する研究・実装に取り組む。
取材・文・写真/曽田夕紀子
FOREST JOURNAL vol.28(2026年夏号)より転載













