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確かなデータと計画をベースに川上・川下をつなぐ、フォレスターの役割とは?

「川上から川下」までの経済活動を安定させるには、木材の計画的・持続的な供給体制が要だ。ドイツでは、実測調査によるデータに基づいた計画的な生産が早くから進んでいるという。在独森林コンサルタントの池田憲昭氏にお話をうかがった。

ドイツで進む
計画的で持続的な木材生産


森林基幹道端に選別して置かれたブナ材

太陽光と水と土と空気があれば成長する森の樹木。

しかし成長には限りがある。成長量は立地条件や樹種、手入れ手法などによって決まる。年々、成長量の範囲内で原木が木材産業に計画的に供給され続けられることが、「川上から川下」までの経済活動を安定して継続することの要になる。

ドイツの森林・木材産業クラスターは、自動車産業よりも多い、約100万人の就業人口を抱えている基幹産業である。森が多い南ドイツを中心に分散して存在している。針葉樹から広葉樹、小径木から大径木まで、多様な原木を計画的に持続的に供給できる体制を森林側が持っていることで、初めてそのような大きなクラスターが発展・継続できている。

計画的な原木供給のためには、森側は、木のストック(蓄積)と成長量を把握し、少なくとも数年単位の生産計画を持っていなければならない。ドイツ林業における計画的で持続的な生産は、林学という学問が体系づけられていく18世紀末から19世紀前半にかけて、各地で始まっている。

筆者が住むシュヴァルツヴァルト地域においては、1833年に制定された「バーデン森林法」によって、公有林(州と自治体)に、森林経営計画が義務付けられた。現在においては、10年毎に、各公有林にて森林在庫調査(樹種、樹齢、径級、樹高、蓄積など)が行われ、それに基づいて、中期経営計画(10年)と詳細経営計画(年毎)が作成される。

ドイツの約1000万haの森林の約半分は公有林で、残り半分は小規模所有者が多い私有林である。私有林に関しては、BW州では、30-100ha の所有者には10年毎の森林在庫調査による持続可能な生産量の把握とその範囲内での原木生産、100ha以上の所有者には調査に基づく中期経営計画の作成と実践が義務付けられている。30ha 以下の小規模の私有林においては、10年毎にドイツ全土で行われる連邦森林調査によって包括されている。

このような実測調査によるデータに基づいて、計画的な生産が、制度として義務付けられ、もしくは促されていることが、原木の買い手・利用者である木材産業に、一定の安心感と信頼感を与えている。

多様な形態の原木販売
フォレスターはその重要な取次役


雪の中でトラック輸送を待つモミの大径木

製材工場や製紙工場、パーティクルボード工場などへの原木の販売は、所有者による個別販売から共同体を通しての販売まで多様な形態がある。

量が必要な中規模以上の大きな買い手に対しては、州有林は大きな1事業体として対応できるが、小中規模の森林事業体である自治体有林や私有林は、共同体単位で販売している。販売共同体は、村単位の小さいものから、郡単位の中規模なもの、いくつかの群をまとめたエリアを包括する大きなものまで、地域によって様々な団体がある。

それら各種の販売共同体での販売の取次役として重要な役割を担っているのは、区画担当のフォレスターである。フォレスターは、ほとんどが公務員であるが、担当区画の自治体有林や私有林の森林経営の助言サポート(無償)、ならびに原木販売の仲介業務(有償)を行うことができる。

後者の販売の仲介業務に関しては、担当区の自治体や私有林家に、市場の動向や買い手の需要を伝えたり、1素材生産現場における複数の所有者の取りまとめをコーディネートしたり、森林基幹道端に出材された原木をリストアップし買い手に送信したり、輸送トラックの運転手と連絡を取り合ったり、といった業務を行う。



IT活用と共に重視される
「頭脳コンピューター」

筆者がフライブルク大学の1ゼメスター目で、森林署で半年間の研修を行った90年代半ばでは、携帯電話もまだそれほど普及していなく、電話やファックスのやり取りで、森林データも紙ベースが多かった。しかし現在では、地図も含めた森林データのデジタル化もかなり進み、フォレスターはGPS機能がついた携帯用の端末機で、販売原木の情報管理と携帯電波によるデータ送信もできるようになった。情報処理技術の発達が原木流通の効率化に寄与している。

しかし、担当区画の各林分の状況、どこにどの所有者の森があるか、基幹道網の概況と詳細を熟知しているフォレスターの「頭脳コンピューター」は、未だに、川上と川下を繋ぐ中心的な役割を果たしている。

基本的に異動がなく、地域に根付いて生活し、所有者との日常的な関係もあるフォレスターは、原木の売り手と買い手の間で各種問題が生じたときも、所有者に電話して誤解を解いたり、間に入って仲裁したり、GPSとカーナビだけでは辿り着き難い原木置き場に、トラックの運転手を携帯電話でうまく誘導したりする。ここ数年の間で、何度か友人のフォレスターの仕事に付き合ったことがあるが、車で現場から現場へ移動する途中、そのような電話対応は頻繁にあった。

「Trust is efficiency(信頼は効率)」という言葉があるが、フォレスターの仕事では、まさにこれが当てはまる。ただし、信頼を得るためには、森林データなど確かな情報が整理され、把握されていなければならない。本稿の前半で述べた森林調査や経営計画は、信頼をベースに仕事をするための大前提条件だ。

しかし、フォレスターの本来の中心的な仕事は、原木販売の仲介ではない。フォレスターは「森の番人」とも昔いわれたが、森を健全に維持発展させることを促すことが一番の使命だ。「選木」という大切な作業によって、森の舵きりをする。

この創造的な仕事がフォレスターという仕事のロマンであるし、大学の教育カリキュラムの中でも重点的に包括的に学ぶ。残念ながら、私有林をサポートするフォレスターの近年の状況は、裁く原木量のノルマもあり、原木販売仲介の仕事がメインになり、森の「番人」もしくは「創造者」から遠のいている傾向があるようだ。

PROFILE

Arch Joint Vision 代表

池田憲昭


ドイツ、フライブルク地域を拠点に、ドイツ環境視察セミナーのオーガナイザー、異文化マネージメントのトレーナー、コンサルタント、日独プロジェクトのコーディネーター、専門通訳、執筆家として活動。2011年9月より、Arch Joint Vision社を設立し、代表を務める。

著書

『多様性~人と森のサスティナブルな関係』


2640円(税込)オンデマンド・ペーパーバック

 
ドイツ・シュヴァルツヴァルトに長年住む森の専門家が、豊富な知見をもとに、人と森のサスティナブルな関係を描く。《多様性》をキーワードに、「森づくり」から「地域木材クラスター」「モノづくりと人づくり」「森のレジャー」「森の幼稚園」さらには最新の脳神経生物学に基づく「文明論」まで、軽やかな文章で、わかりやすく多面的に解説。科学的なデータや知見を踏まえた専門書であると同時に、《多様性》に魅了されてきた筆者の経験や思いがベースにある心に響くエッセイ。コロナ禍によって、思いもよらず「さなぎ」のような静かな生活を強いられた筆者が、過去振り返り、今後の生き方を思考するために、子供たちの未来のために書いた。「森の国」ドイツから「森林大国」日本の未来へ送る多様性のメロディ。(Amazonより引用)

森林生態学者・藤森隆郎氏の書評より 
「この本の内容の深さに感動いたしました。・・・・・・人間を自然、生態系の中の脳の進化の著しい生物の一種として捉え、人間の尊厳を自然界の中で捉えるところまで掘り下げて洞察を深めておられるところがすごいと思いました。人間の尊厳は自然界の(生物)多様性と一体的なものであることの重さをしっかりと説明されています」  



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