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地域を繋ぎ、森を豊かにする【前編】“伐らない林業”が目指すものとは?

林業を生業にする多くの人にとって、“伐採”は欠かせないフローだろう。その一方、和歌山県田辺市にある株式会社中川は、“伐採”を引き算した「新しい林業の在り方」を目指し、2016年に起業した画期的な林業ベンチャーだ。育林に特化した造林会社が目指すものとは? 創業者の中川雅也さんに話を聞いた。

ロジカルに導き出した
伐らない林業の在り方

思い描く理想の未来。そこから逆算して目標や計画を立てる“バックキャスティング”という戦略的思考法がある。

大学で経営学を学び、貿易業を経てUターンし、和歌山県田辺市で林業ベンチャーを起業した株式会社中川の中川雅也さん。斬新なアイデアを次々に実装し、グッドデザイン賞をはじめ数々の受賞歴を誇る画期的事業を手掛けてきた中川さんは、その歩みについて「すべてがバックキャスト」だと話した。

「やっていることだけ見ると情熱的な人間だと思われがちなんですが、統計大好きのロジック人間なんです」。

起業したのは、8年前。会社員だった当時、3歳の息子から「遊んでほしい」と言われたのをきっかけに働き方改革を決意。「時間軸が自由な対自然の仕事をしよう」と思い、辿りついたのが林業での起業だった。そして、育林に特化した「木を伐らない林業」という革新的なコンセプトを掲げた。


創業者兼従業員の中川さん。働き過ぎ防止のためあえて役員にはならないそう。

「統計を見てみると、今の日本は木を伐る人はたくさんいるけれど植える人が少なく、日本全体でも伐採後4割程度しか植林されていない現状が見えてきた。植林には土砂崩れや鉄砲水などの災害を防ぐための効果や環境的な価値があるのに、なぜみんなお金を払わないのか。そこにロジックができていないからだと思ったんです」。

昔に比べ、木材の価値が著しく低下した現代。そんな状況下で、伐採後、新たな投資資産としてスギ・ヒノキの植樹をしないと山の所有者が判断しても不思議ではない。投資先として堅実なリターンが見込めない上、リスクが大きいからだ。でも、資産としてではなく、「植林の大きな意義とは環境保全である」という価値観をしっかりロジック化して伝えることができれば、植樹・育林のニーズは高まっていくのではないか。中川さんはそのように考え、「木を伐らない林業」のスタートアップを決意。その際、林業の分業化によるニーズも見込んでいたという。

「木を伐る技術と、植えて育てる技術はまったく別物。さまざまな業界が分業化されているのに林業ではいまだに、長距離も短距離も走って、なおかつトライアスロンができるみたいな人を長い時間をかけて育てるのが前提になっている。あまりに非効率的です。それに、伐採業者にも話を聞いてみると、植樹部分を安く外注し、伐採作業だけに集中した方が労働生産性が高くなることがわかった。そうした背景を踏まえ、造林事業に特化した会社を作り、分業化の仕組みができれば、労働生産性も職人のスキルも効率的に高められ、関わる人たちみんながウィンウィンになるのではと考えたんです」。



30年先のクライアントになる
子どもに山の大切さを伝える

植える林業に特化させたスタートアップ。課題は、どうすれば依頼が来るのか。バックキャスティングで考えを巡らせた結果、浮かび上がったのが“子どもたち”の存在だったという。早速、教育委員会へ打診して、小学校で無償の出張授業をする機会を創出。そこでこんな話をした。

みんなが好きなトトロは、あらゆる手段を使ってたくさんのドングリを集めていること。ドングリを実らせるのは広葉樹であること。トトロの住むような森、山は、かけがえのない存在であること。おうちのおじいちゃんやおばあちゃんが山を持っていたとしたら、紛れもないローカルヒーローであること。ぜひ、カッコイイね! と褒めてほしいということ……。そして、そんな話を聞いた子どもたちがインフルエンサーとなり、彼らを孫に持つ山主たちから問い合わせが舞い込むようになった。


小中学校での出張授業が好評。

「子どもの力ってすごいんです。周りの意見には耳を貸さないけど、家族間の話なら聞いてくれる年配者も多い。それに、30年先のクライアントになる子どもに山の大切さをまず伝えないと持続可能性は担保できない。どうすれば安定的な顧客の担保ができるのかを考えた上での作戦でした」。

実際に効果はテキメン。管理することになった山林は創業2年目で880haと、創業時(自社林約200ha)から600haも拡大した。そのため、2年目で早々に一見客お断りの完全紹介制に移行。口コミだけでその後も成長の一途をたどり、現在は、管理する山林は約4000ha、従業員は創業時の3人から27人まで増加した。

当初に掲げた通り、もちろん伐採は自社で行わず、地元の伐採業者15社と連携。連携によって、安定的に木材を供給できる仕組みを作れたことで、売り先との価格交渉も好条件を実現した。その結果、山林所有者により多くの山林所得を返す、という理想的な構造を生み出している。

「山主、伐採業者、製材所や木材市場などの売り先という三者を繋ぐシナプスとなる部分に、中川という会社を当て込んだ形です。従来とは異なり、造林業者が伐採業者に仕事を斡旋する構造になっているため、次の植林を意識した伐採ができるようになっている点もメリットですね」。

中川という会社をハブに、互いにフラットな関係性が実現し、健全な林業が続く仕組みができているのだ。


会社の前にあるどんぐり箱。登下校中の子どもたちがどんぐりを入れてくれる。



PROFILE

株式会社中川
和歌山県田辺市文里2丁目32-7
TEL: 0739-33-9850


写真・取材・文:曽田夕紀子

FOREST JOURNAL vol.18(2023年冬号)より転載

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