日本の森は“手遅れ”ではない! ドイツ式“気配り森林業”に学ぶ
2019/12/13
持続可能な森林づくりのために、何ができるのか。ドイツの森林官、ミヒャエル・ランゲさんと、森林コンサルタント、池田憲昭さんによる講演会『「気配り」森林業』は、その疑問に答えをくれた。
写真:ドイツの森林官による伐倒の様子(提供:池田憲昭氏)
木は育った分しか使わない
11月17日、東京ミッドタウンにて、ミヒャエル・ランゲ氏(森林官)と池田憲昭氏(日独森林環境コンサルタント)による「『気配り』森林業ードイツの古き良き森づくりから日本の地域の持続可能なソリューションを考える」と題したイベントが開催された。
講演の冒頭では、まず会場前方のスクリーンに、美しい森林の映像が写し出された。ランゲさんや池田さんが暮らすシュヴァルツバルト地方の人工森をドローンで空撮したものだ。まず驚くのはその多様性だ。モミやトウヒなどの針葉樹とブナやカエデなどの広葉樹が混在している、樹齢もさまざまな樹木が生い茂っている。
こうした「複層混交林」と呼ばれる森林に対して、日本でよく見かけるスギやヒノキだけの森林を「単層林」と呼ぶ。単層林は「植栽→造林→間伐→皆伐」というサイクルを前提とするが、複層林では間伐を行うのみで皆伐を行わない。人の手による植栽も行われず、鳥や虫や風によって運ばれて地面に落ちた種子の天然更新によって次世代の樹木が育っていく。当然、森林経営の手法も全く異なる。ではなぜこのような違いが生まれたのだろう?池田さんはその理由のひとつが、南ドイツやスイスなどの山岳地域に伝統的に根付く「恒続森思想」にあると指摘する。
「恒続森思想とは、一言でいうなら『木は成長の範囲内で利用しながら、絶えずどの世代も大径木が切れる状態、絶えず稚樹や若木が育っている状態に森を維持していく』という考え方です。ドイツでは300年以上前から、小規模な農家や林家の間で、こうした森林利用が根付いてきました。それがのちの世に体系化されたのが恒続森思想。シュヴァルツヴァルトの複層混交林も、こうした思想に則って生まれたものです。ここでは、いわば100年~200年の長期スパンで、次の世代、さらに次の世代への「気配り」を忘れない森林業が実施されています」
混交林で高付加価値、
低コストな林業を
では、複層混交林の施業とは、どのようなものなのか。再び、スクリーンに動画が映し出された。画面のなかではランゲさんの息子であり、森林官であるパウルさんが、直径1メートルはあろうかという大径木の伐倒に挑んでいる。チェーンソーとジャッキを巧みに操り、森林作業士であるパウルさんが、木立の隙間を狙って見事に大木を切り倒した。
「今、彼が倒したのはダグラスファー(米松)です」とランゲさん。
「非常に人気のある樹種で、最も良い部分は1立米あたり250~500ユーロ(日本円で30,000~60,000円前後)で取引きされます」
ドイツでは急斜面など作業の困難な土地ほど、このような価値の高い樹木を育てるという。
倒された木は、その場で枝払い玉切りされ、林道端までウインチで引っ張りあげられ、買い手別に選別して並べられる。そこからすぐに地元の製材業社をはじめとした買い手と交渉がはじまる。
「どの業者がどんな材を必要としているのかをいかに正確に把握するかが森林官の腕の見せ所。森づくりの目標に市場の需要を加味して、森林官が選木し、選別(原木の切り分け)の指示を森林作業士に出し、それをしっかり把握して伐倒、玉切り作業が行われることが大切です」とランゲさん。取引きがまとまれば買い手が自らトラックで材を引き取りにくる。日本でいう木材土場から原木市場までの過程が、すべて林道端で済んでしまう。中間輸送や中間業者を挟まないことでコストも抑えられ、森林所有者の利益が多くなる。伐倒から取引きの終了まで、作業にかかる経費は1立米あたり30ユーロ前後(3,600円前後)だと言う。
リスクに強く、
経済的にも合理的
とはいえ、ドイツの森すべてが混交林なわけではない。日本と同じように戦後復興のために針葉樹が大量に植林されたからだ。先人が苦労してつくりあげた単層林は、大きな財産であることは間違いない。ではなぜ、複層混交林化を進めるべきなのか。ランゲさんは「単層林の生態系としての脆弱さ」をその理由に挙げる。ドイツでは2年前からキクイムシが大量発生してトウヒが大きな被害を受けた。経営が成り立たなくなった単層林に補助金が投入される事態にまで発展したという。複層混交林化し多様性を高めることで、一度にすべての木がダメになるというリスクを回避できる。
皆伐後の造林が不要なことも、複層混交林化の大きなメリットだ。単層林では皆伐ののち、植栽した木がある程度の大きさに育つまで、毎年の下刈りが欠かせない。動物からの食害対策も必要だ。皆伐を行わない複層混交林なら、これらの作業がほとんど必要でなくなる。ただしシカが多い場所では狩猟によって、更新した稚樹の食害を抑える必要がある。トータルで200~300万のコストカットにつながるという。また造林から20~30年は間伐による木材収入が得られないが、複層林ならその間も継続的に木材収入を得ることができる。複層混交林化は経済的にも理にかなっていると言えるだろう。
ポイントは
「光」のコントロール
では具体的にどうすれば単層林を複層混交林へと転換できるのか。「ポイントは光」ですと池田さん。
「樹木の成長に必要なのは水と土と空気、そして光です。このなかで人間がコントロールできるのは光だけ。樹木には光を好むものとそうでないものがいます。将来木に焦点を当てた不均質な間伐によって日当たりのいい場所、悪い場所といったように、多様な光環境をつくることで複層混交林化を進められます」。
もちろん、こうした間伐は定期的に行わなければ意味がない。そのためには継続的に利用できる、しっかりとした路網が重要になる。なかでも重要なのがトラックが侵入できる「森林基幹道」だ。特に急斜面な森林でこそ基幹道の整備が重要になるという。ランゲさんと池田さんはドイツでの道づくりのノウハウをベースに、日本でも基幹道づくりの指導を行ってきた。実際に、北海道や岐阜県などで、ふたりが地元の林業事業体とともにつくりあげた森林基幹道は、開設から数年が経過した今も、しっかりと機能し続けている。
日本の森は
「手遅れ」ではない
池田さんとランゲさんは複層混交林化に向けての道筋を明確にしめしてくれた。それでも、「本当にできるのか?」と思う林業関係者は多いはずだ。実際に講演後の質疑応答でも「樹齢が60年を超えた単層林は、もはや手遅れでは?」との疑問の声が上がった。
それに対して「決して手遅れではない」と即答する池田さん。ランゲさんも「スギやヒノキの樹齢を考えてみてください」と促す。
「スギやヒノキは600年は生きます。60年なんてまだまだ子どものようなもの。成長力は十分に残されています。実際に私たちが2010年から森林経営に携わってきた北海道や岐阜のいくつかの森林は、この10年弱で複層混交林化のプロセスが大きく進行しました。だから諦める必要はないし、皆伐なんてもってのほかです。日本の自然をもっと信じてください」。
この後もさらに質疑応答は続き、時間いっぱいまで参加者からの熱心な質問が続いた。最後にランゲさんは「複層混交林化は決して難しいことではない。メソッドもきちんとあります。ただしそれを学べるのはここではない。森の中で学ぶしかありません。やれることは、きっとまだまだたくさんあるはずです」と締めくくった。
講演者 プロフィール
●ミヒャエル・ランゲ
1961年生まれ。ドイツ人。ドイツ、シュバルツヴァルト地域で25年以上に渡って森林官として市有林の森林経営に従事。森林業の包括的知識と現場経験を持ち、森林作業士マイスターコースの講師としての経験も持つ。再生可能エネルギーや景観(里山)マネジメントの知識と経験も豊富。2010年より、日本の森林事業のサポートやコンサルティングに携わる。
●池田憲昭
1972年長崎生まれ。ドイツ、ヴァルトキルヒ市在住。Arch Joint Vision(ドイツ)代表、Smart Sustainable Solutions(日本)社代表取締役。MIT Energy Vision GbR社(ドイツ)共同経営者。20年以上ドイツに暮らし、ドイツ語学文化と森林環境学の知識をベースに、森林、農業、木造建築、再生可能エネルギー、地域創生など幅広いテーマを対象に、執筆、コンサルティングを手がける。2010年より、ドイツの森林官らとともに日本の森林事業のサポートやコンサルティングに携わる。
取材・文/松田敦