【ボランタリークレジット入門】森林の価値を“市場で通用する数字”に変えるには?
2026/07/29
木材価格の低迷や担い手不足が続くなか、林業経営の仕組みそのものを変える革新的な取り組みとして期待されるのが、「ボランタリークレジット」だ。森林の価値をどう“市場で通用する数字”に変えていくのか――。自然資本評価とカーボンクレジット研究の第一人者である九州大学の馬奈木俊介教授に、その仕組みと可能性を聞いた。
森林を「自然資本」
として捉え直す
これまでの林業は、基本的に木を伐って売ることを軸に組み立てられてきた。しかし、木材価格の低迷や担い手不足のなかで、補助金なしでは山が回らないという現実を前に、日本の林業が衰退の一途をたどってきて久しい。そんな中、森林そのものに、木材以外の価値を位置づけ、それを社会のなかで流通させることができれば、林業界が抱える課題は大きく改善に向かう可能性がある。
ボランタリークレジットは、そんな森や林業の価値を“お金の流れ”につなぐ新たな入口のひとつだ。国の制度であるJ-クレジットとは別に、民間の認証基準などを通じて創出・取引され、企業が自主的な脱炭素の取り組みとして購入・活用する。では、こうした新しい仕組みを森林や林業の側からどのように捉えればよいのか。カーボンクレジット研究の第一人者である馬奈木俊介教授は、森林を木材資源としてだけではなく、「自然資本」として捉え直す必要性を強調する。
「森林の価値は、木材生産だけではありません。CO2を吸収し、水を蓄え、生物多様性を支え、災害を防ぐ。そうした価値は社会にとって非常に大きいのに、これまでは経済のなかで十分に評価されてこなかった。
だからこそ今、森林を“木を売る場所”としてだけでなく、“自然資本”として捉え直すことが重要です。カーボンクレジット、とくにボランタリークレジットは、その価値を見える化し、社会のお金の流れにつなげる手段になり得ます。木材収入だけでは厳しい森林でも、適切に管理し、その結果として生まれる環境価値をきちんと測って評価できれば、新しい収入源になり得ます」。
ここでいう森林の価値とは、炭素吸収量だけを指すわけではない。近年のボランタリークレジットをめぐる議論では、CO2に加えて生態系や生物多様性の価値をどう捉えるかも重要になってきている。実際、近年は森林の計測データに生物多様性の情報を重ね合わせ、炭素だけでは捉えきれない森林の価値まで見ようとする動きも出始めているという。
森林を「木材の山」ではなく「複数の価値を生む資産」と見直すことが、これからの林業の前提になっていくのかもしれない。
“信頼性”のある
クレジットとは何か
©dee karen/Shutterstock.com
とはいえ、「森があるからすぐに成り立つ」ほどボランタリークレジットは単純ではない。森林が吸収するCO2を単に“環境にいい話”として語るのではなく、“地域にお金が戻る仕組み”として設計できるかどうかが問われる。その前提になるのが、実際にどれだけCO2を吸収しているのかを、信頼できる形で示すことだ。
「近年の国際市場では、『本当にCO2を減らしているのか』『吸収量の見積もりが甘いのではないか』という批判が多く出ました。だから今は、ただ“環境にいい”と語るだけでは駄目で、どれだけ吸収しているのか、どう測ったのか、どんな前提で計算したのかを、第三者が見ても納得できる形で示さなければいけない。そこが決定的に重要になります」。
問われているのは、その森林が実際にどれだけ炭素を吸収しているのかを、どこまで科学的に示せるかだ。しかも、その数字が第三者にも検証可能で、国際市場でも通用する精度を備えているかどうか、である。
たとえば、カーボン・オフセットの国際業界団体によると、クレジット認証における主要要件として、追加性や永続性、独立した検証などの項目が含まれている。要するに、その削減・吸収が本当にプロジェクトを通して追加されたものか、将来にわたって維持されるか、別の場所で環境負荷を増やしていないか、そして測定・報告・検証の過程が透明かまで含めて、クレジットの質が問われているということだ。その信頼性を支える具体的な枠組みが、MRVである。
「MRVは、Measurement Reporting Verification つまり“測定して、報告して、検証する”仕組みです。森林クレジットでは、これが信頼性の土台になります。ただ、森林は場所ごとに樹種も成長も林内構造も違うので、単一の手法だけで正確に把握するのは難しい。だからこそ、広域を把握しやすい衛星データと、森林を三次元的に細かく見られるLiDARを組み合わせて、精度を上げていく必要があります。
日本はこの計測において、国際的に見ても非常に高い精度の技術を持っています。森林資源の量だけでなく、高精度の計測技術による“信頼性”こそが、国際市場における大きな競争力になるはずです」。
世界最高水準の
計測技術こそ日本の強み
日本が誇る高精度の計測技術は、実際には衛星とLiDARの役割分担によって成り立っている。衛星データは広域を一度に把握できる一方、林内の細かな構造までは捉えにくい。これに対して、ドローン搭載LiDARは樹高や本数、林冠の重なりまで、森林の中身を立体的に把握することができる。日本の強みは、この「広く見る衛星」と「深く見るLiDAR」を組み合わせ、森林の吸収量を再現可能な数字に落とし込める点にあるのだ。
実際、国内の実証では、UAV LiDARと衛星データを併用することで、衛星データのみの場合に比べて約61%精度が向上。従来型手法に比べて約30〜60%のコストダウンも確認されたという。さらに、従来の計測では森林炭素隔離量が約58%過小評価されていた可能性も示されている。測り方を変えることが、そのままクレジット価値の再評価につながりうるということだ。
日本企業と林業をつなぐ
新たな資金循環
ここで重要なのは、この仕組みが日本企業にとっても、資金循環や投資家対応の面で一定の実務的意味を持ちうる点である。
「海外で創出されたカーボンクレジットを購入すれば、その分の資金は海外に流出します。だからこそ、できるだけ国内で創出し、国内で循環させた方がいい。新しい技術をまず国内で試し、それを将来的に海外へ展開していく起点にもなりますし、ひいては地方創生や雇用の安定にもつながっていくはずです。加えて、国際的に認知された基準で信頼性の高いクレジットを示せれば、日本企業にとっても説明しやすくなると思います」。
そのとき企業が買うのは、単なる“排出の埋め合わせ”ではない。森林の管理を通じて、炭素吸収だけでなく、水や土砂災害、生物多様性といった地域の自然資本を支えることにもつながる。国内でのクレジット創出の意義は、資金を日本に残すことだけでなく、そうした多面的な価値を地域で守り育てる回路をつくる点にもある。
一方、林業従事者にとって大きいのは、山の価値が単に「木を出して売る」局面だけでなく、日々の管理そのもののなかにも見いだされるようになる点だ。これまで必ずしも十分に価格へ反映されてこなかった間伐や保育、境界確認、施業履歴の整理といった地道な仕事も、森林の吸収量を支える確かな根拠として、新たな意味を持ちうる。
ただし、それを収益構造として実装するには、施業履歴の整理や継続的なモニタリング、第三者検証に耐えうるデータ整備が欠かせない。加えて、小規模所有が多い日本では、自治体や企業などと連携する仕組みづくりも求められる。道のりは決して平坦ではないが、それでも山を守る営みに新たな経済的意味を与える選択肢として、ボランタリークレジットへの期待は大きいだろう。
もっとも、こうした可能性を語るためには、前提として制度そのものへの理解が不可欠だ。ボランタリークレジットとはそもそも何か。J-クレジットとどう違い、林業の現場では何を押さえるべきなのか。次のQ&Aでは、その基本を整理していく(7/30公開予定)。
PROFILE
馬奈木俊介
(Syunsuke Managi)

九州大学主幹教授・都市研究センター長。環境経済学、都市工学を軸に、自然資本やウェルビーイング、Beyond GDPの研究を牽引する。米ロードアイランド大学で博士号を取得。産学連携によるサステナビリティ評価やAI活用にも取り組み、森林・地域・企業価値をつなぐ研究を進めている。
取材・文/曽田夕紀子
FOREST JOURNAL vol.28(2026年夏号)より転載














