進む花粉症対策に注目! 「菌」が花粉症を救う? スギ花粉の原因遺伝子を新たに特定?
2024/03/04
林業と花粉症対策を両立させるプロジェクトが各地で取り組まれているが、品種開発・選定には時間がかかる。そこで研究者はバイオテクノロジーで課題解決を図ろうとしている。
無花粉スギ!?
新たなプロジェクト始動
日本人の多くを苦しめるスギ花粉。1992年、富山県林業技術センターの職員によって花粉をつくらない突然変異体”無花粉スギ”が偶然発見された。材として優れたスギと無花粉スギを交配することで、林業と花粉症対策を両立させるプロジェクトが各地で取り組まれている。
しかし、交配による品種開発・選定には時間がかかるといった課題がある。そこで研究者は、ゲノム解析やゲノム編集といったバイオテクノロジーで課題解決を図ろうとしている。林業×バイオテクノロジーによる花粉対策プロジェクトの最新動向を追ってみる。
スギ花粉症対策にはいくつかの方法があり、その中でスギに手を施すバイオテクノロジーは2つ。
1つは、スギの雄花を枯れされる菌=花粉飛散防止剤を散布する方法。
もう1つは、花粉を作らないスギを増やす方法=無花粉スギの生産だ。
林業×バイオテクノロジー①
スギの花を枯らす菌?
自然界にさまざまな生物に寄生して栄養を得る菌類がいるなか、2006年、スギの雄花だけに寄生して枯れさせる菌、スギ黒点病菌(Sydowia japonica)が見つかった。
研究者はこの菌を大量培養し、凍結乾燥(インスタント乾麺をつくるのと同じ原理)で乾燥粉末を製造した。この粉末を液体に溶かしてスプレーとして撒くことで、ピンポイントで簡単に花粉飛散防止効果を発揮することができる。
ヘリコプターによる散布では、何もしていないエリアと比べて2-4割の花粉飛散防止効果が認められた。また、菌を撒いたエリアでの5年間にわたる調査では、林床のスギ以外の植物や昆虫、菌類といった他の生物への目立った影響は確認されなかった。実証実験を経て、この技術はもうすぐ日の目を浴びようとしている。
林業×バイオテクノロジー②
交配でつくる無花粉スギ
スギ(Cryptomeria japonica)という種の生物は日本にしか存在しないが、一つの種であっても地域によって寒さに強い、温暖な地域でよく育つなど、性質が違うことがある。
花粉をつくらないスギ同士は、残念ながら子孫を残せないため、無花粉スギの林が存在する地域はない。
そんな中、ごく稀に、突然変異で花粉がつくれなくなったスギがヒョっと、現れる。花粉をつくれない突然変異体も、飛んできた別のスギ花粉を受け取れば子孫をつくることはできる。子どもとなる種子は一定の確率で無花粉スギになるのだ。
さらに、よく育つスギと無花粉スギを交配させれば、よく育ち、花粉の少ないスギが生まれる可能性もある。
この考えのもと、交配による無花粉スギの開発が各地で取り組まれている。2021年までに無花粉スギとして登録された品種は約20品種になる。2019年度時点で、生産された苗木のうち無花粉/少花粉/低花粉のスギが約半数のシェアを占めており、今後さらに花粉症対策品種のシェアは伸びる試算だ。
出典:林野庁
しかしながら、交配による品種開発は長い時間を要する。木の成長にかかる時間は十年単位とかかり、複数回の交配が必要になる。無花粉スギかどうかを判定するためには、スギが花粉を作り始める年齢まで待たなければならないのだ。
そんな中、スギのDNAの研究から無花粉スギの選定を早める手法が提案された。
DNAで明らかになる
無花粉スギの正体
「花粉をつくる」というスギのシステムはその遺伝子に刻み込まれている。逆に捉えると、無花粉スギが花粉をつくることができないのは、花粉遺伝子に変異が起きているためだと考えられる。
とういうことは、遺伝子のどの部分が変異すると、花粉をつくることができなくなるか、が分かればいいのではないか。研究者はスギのDNAを解析し、花粉をつくる遺伝子がどこにあるかを確かめるべく研究を進められた。
2020年、日本の研究チームは、ついに無花粉スギの原因遺伝子を特定した。。この変異を利用することで、無花粉スギかどうかの判定が早められ、無花粉スギを長期間かけずに生産できる見込みだ。無花粉スギの判別に必要なDNAの情報を解明したという点でこの研究の意義は大きい。
しかし、まだまだ課題もある。無花粉スギのいない地域に、別の地域の無花粉スギを植える際、移植先の環境に適応できない場合がある。
例えば、「東北の無花粉スギ」と「温暖な土地でよく育ち花粉をつくるスギ」を交配させたとしても、その子どもが「無花粉という特性」と「温暖な土地でよく育つという特性」の両方を引き継ぐとは限らないのだ。
無花粉だが温暖な土地ではあまり育たないスギとなってしまっては、林業に用いる意味がなくなってしまう。
そんな課題に対し、ゲノム編集技術を利用して、交配に頼らずに無花粉スギを生産しようという構想もある。今後、このような研究が進むことで「無花粉スギ林業」が可能になるかもしれない。花粉が飛ばず、木材も早期にとれ、大いに二酸化炭素も吸収する森林が待ち遠しい。
DATA
参考文献1 : 花粉防止スプレー(1)
参考文献2 : 花粉防止スプレー(2)
参考文献3 : 無花粉スギの原因遺伝子(MALE STELARITY 1)を同定
文/天野桂