注目キーワード

林業者の取り組み

なぜ広葉樹は1割しか植えられないのか? 全国の苗木屋をつなぎ、未来の森づくりへ

林業の現場で求められながら、全国的に生産者が少ない広葉樹苗木。その不足を独自の技術と発想で切り拓き、森づくりの選択肢を広げてきた生産者がいる。土地に根ざした未来の森を描く、上原樹苗の取り組みに迫る。

<目次>
1.祖父の言葉が導いた広葉樹への道
2.欧州の現場から得た知見を活かして
3.森づくりの基点となる「森林デザイン」
4.土地を読み、樹種を選ぶ
5.なぜ広葉樹は1割しか植えられないのか
6.全国の苗木屋をつなぎ、未来の森づくりへ

 

祖父の言葉が導いた
広葉樹への道

杉とヒノキを中心に長らく回ってきた日本の林業。戦後造林の需要を背景に、苗木生産もまたその二樹種へ極端に集中し、流通・補助・植栽の仕組みまで単一樹種を前提に組み立てられてきた。しかしこの常識の外側に立ち、多様な広葉樹を“産業規模で”生産する苗木屋が福島県南相馬市にある。明治元年創業の「上原樹苗」だ。


国内でも珍しいコナラのコンテナ苗。

現在、同社が扱う樹種は100種以上。“広葉樹が安定供給できる生産者”そのものが全国的に稀である中、生態系回復、都市緑化、企業所有林、再生事業など、広葉樹需要の急拡大に対応できる拠点として唯一無二の役割を担う。第52回農林水産祭(令和2年)では天皇杯を受賞するなど、その独自性と実績の評価は高い。


令和2年度 農林水産祭にて最優秀賞の天皇杯を受賞。

上原家の苗木生産の歴史は長い。桑苗から始まり、野菜苗、花壇苗、そして山の苗。父である先代は売れ行きのいい果菜類の苗づくりに力を入れていた一方で、売れ筋ではない山の苗を愚直に作り続けていた祖父(2代目)。その背中と言葉は、現代表である4代目・上原和直さんの心に深く刻まれている。

「“なんで続けてるの”と聞いたら、祖父は“俺がやめたら困る人がいる。儲かるとか儲からないじゃない”って。苗木生産って、本当に必要としている人がいて、その人たちを支える役割なんだと」。


上原樹苗 代表取締役社長 上原和直さん。

上原さんが家業に入ったのは21歳。当時の苗畑には杉とヒノキの苗が積まれ、広葉樹は需要すら顕在化していなかった。だが、当然、現実の山は二樹種だけで構成されてはいない。環境が違えば立つ木も違う。市場と現場の落差への違和感、そして祖父の価値観が上原さんを広葉樹へ向かわせた。

「深く考えていたわけじゃなく、山にあるべき木が市場にないなら自分が作ろう、と。最初はまったく売れなかったですけどね(笑)」。

欧州の現場から得た
知見を活かして

類をみない広葉樹の生産に挑むうえで、上原さんが手がかりを求めたのがドイツやスウェーデンなどの林業先進国だった。森林経営の歴史が長い欧州では、育苗工程が専用機械とデータ管理によって産業化されていた。

「日本って、苗づくり自体を“産業”として見てこなかったところがある。作りやすい杉やヒノキを必要な本数だけ作る発想が中心で、だから機械も技術も深掘りされてこなかった。ヨーロッパでは播種機も結束機も“良い苗のため”に作られていて、前提が全く違った」。

得た知見を自社の環境に照らし合わせ、試験と記録を積み重ねることで扱える樹種が年々増加。また、時代と共に人工林の高齢化や環境配慮を背景に広葉樹の需要は拡大し、全国から相談が来るようにもなった。手探りで始めた広葉樹育苗だったが、いつしか「国内で代替できない機能」へと定着。そのことを痛感する出来事が東日本大震災だったという。

「津波で甚大な被害を受けて、苗も設備も流されてしまい全部終わったと思いました。でも『苗は大丈夫か』と電話が相次いで。必要とする人が全国にいる――やめられないとあの時思いましたね」。

復旧の過程で工程と設備を見直し、生産体制は一層精緻で先端的なものへと再構築された。生産量も震災前を大きく上回り、広葉樹育苗の中核拠点としての地位を確かなものにしている。

森づくりの基点となる
「森林デザイン」

広葉樹を育苗する上原さんが大切にしているのが、「森林デザイン」という視点だ。どの樹種を、どの場所に、どの密度で、どの時間軸で配置するか――本来なら、森の成立過程そのものを設計する必要があるという発想である。

日本の人工林は、戦後造林期に大量の杉・ヒノキが画一的に植えられ、標高や地形、気温や湿度など土地条件が十分に考慮されていない場所も多い。現在の森林荒廃や再造林の不振は、こうした“土地との不整合”も一因なのだ。
 

未来の森林をどのようにしたいかを選択して
森林をデザインする

Before
手入れが出来ていない昔に植えたスギやヒノキ林

●伐採して広葉樹の森林にしたい

●全てを伐採しないで段階的に針葉樹と広葉樹の森林にしたい

Before
しっかり手入れができる環境のスギやヒノキ林

●伐採後また同じように針葉樹を植えて木材生産したい

●伐採後有用広葉樹を植えて木材や林産物を生産したい

土地を読み、
樹種を選ぶ

上原さんは依頼主から地形や既存植生、土壌、歴史的利用などの情報を受け取り、その土地に適した樹種と導入の順序を設計し、苗木として提案する。いわば、土地と目的をつなぐ森のコンシェルジュのような役割だ。

相談内容は実に多岐にわたる。

たとえば、サルによる被害が深刻だった里山の事例。サルが畑に降りてくる状況が続いていた地域で、皆伐後のスギ林をどう生かすべきか相談があった。そこで上原さんが示したのは、里山との緩衝帯として山側に実のなる栗を導入する設計だった。栗は3~8年で実をつけ始めるため効果が早く、食料源を山側に確保することで里への侵入を抑える狙いがあった。数年後、「被害が明らかに少なくなった」と報告が届いたという。

土地回復を目的とした事例もある。採石で表土が失われた跡地では、痩せ地でも育つヤシャブシ類のような肥料木を先行させ、有機物と表土の回復を数年かけて促す。その後、回復段階に応じて次の広葉樹の層を重ねていく――裸地を森へ段階的に再生させる設計だ。

また、伐採後のスギ林をクロモジの林へ転換し、アロマオイルやハーブティーの原料とする地域利用の事例や、燻製用のサクラチップ需要に応じ、成長の早いヤマザクラを計画的に育てる取り組みも。用途に適した樹齢・樹形の木を育てるという視点である。


紅葉するヤマザクラの苗木。上原樹苗では広葉樹・針葉樹合わせて100種類以上の苗木を育てる。

これらの事例に共通するのは、「土地で何を実現したいか」を軸に据え、樹種の組み合わせや導入順序を組み立てる姿勢だ。獣害の減少、土壌回復、地域利用、素材生産――目的が違えば森のつくり方も変わる。上原さんは苗木屋として、目的と土地条件を丁寧に結びつけ、森の“筋道”を描いている

「森を考えるときは、木側の事情だけでなく、“人間側の条件”も必ず見なければいけない。作業道が確保できるか、人が入れる斜度か。どれだけ土地に合った木を入れても、人の手がまったく届かない場所では、その後の更新が止まってしまうこともある。また、その土地に本当に合う木がわかっていても、制度上植えられないことも多い。日本では都道府県ごとに補助金で植えられる樹種が違っていて、それが非常に大きな制約になっている。森づくりは長期スパン。もし制度と現場がもっと合ってくれば、土地の特性を生かした森づくりは確実に広がると思っています」。 

なぜ広葉樹は1割しか
植えられないのか


苗木の選別作業。種子から育てた多様な苗木を、北海道から九州まで全国に販売する。

現在、日本で毎年植えられる造林用苗木は約6000万本。そのうち広葉樹は600万本に満たない。比率は一割。しかも、その600万本のうち約200万本を上原樹苗が担っている。数字は大きな実績を示す一方で、上原さんはそれを「課題の裏返し」と受け止めている。

「本当はもっと広葉樹を入れられる場所があるはずなんです。でも地域で作る生産者が少なく、欲しくても買えない。これでは広葉樹を使いたい人がいても、山づくりが前に進まないんです」。

広葉樹生産が広がらない背景には、業界構造の偏りがある。戦後の林政は木材を「収穫する」ことに重点を置き、苗木を育てること――すなわち長期の「投資」を、産業の中心から外してきた。結果として、木材生産の分野には横のネットワークが形成された一方、苗木生産者は孤立しがちで、情報の共有基盤も育たなかった。

全国の苗木屋をつなぎ、
未来の森づくりへ


全国林業種苗生産部会は、全国山林種苗協同組合連合会の内部組織として、2024年に設立。針葉樹のコンテナ苗や広葉樹の育苗をはじめ、森林林業の将来を見据えて苗木以外にも幅広い知識を得られる場づくりを行っていく予定だ。

こうした危機感から、2024年に上原さんが立ち上げたのが既存組織である全苗連の内部組織「全国林業種苗生産部会」である。全国900以上ある苗木生産農家のうち、現在約70名が参加。規模はまだ小さいが、苗木生産を産業として再定義する上で重要な一歩となった。

部会で特に重視されるのは、閉ざされがちだった業界の情報を開き、若い生産者に経験を渡していく仕組みをつくることだ。育苗、なかでも針葉樹コンテナ苗や広葉樹の育苗においては、林業だけでなく園芸・土木・土壌学など複数分野の知識が必要で、一人の経験だけでは体系化しきれない。多くの生産者が“最初の一歩”を踏み出せなかった背景には、この知識負荷の大きさがあった。


上原さんのもとには、苗木生産者だけでなく、造林・伐採を主とする事業体も視察に訪れる。

さらに深刻なのは、苗木生産が「見込み生産」であるため、現場の植栽計画と生産量が噛み合わないまま在庫リスクを抱えるという、構造的な問題だ。これは苗木屋だけの課題ではない。森林所有者、造林・保育事業体、素材生産者、森林組合、自治体が工程ごとに縦割りとなり、森づくりの情報が統合されない──日本の林業全体が抱える構造そのものの問題だ。まずは苗木生産者同士が横に繋がり、業界全体を巻き込む議論へ広げていきたいと上原さんは語る。

「設立2年目の現在、林野庁も研修で協力してくれるようになり、若手の中には針葉樹コンテナ苗や広葉樹等を本格的に学びたいという声も増えてきました。少しずつですが、可能性を感じています」。

国産材需要の低迷、担い手の高齢化など、日本の林業を取り巻く環境は長く逆風だった。しかし上原さんの視線は、その先の多様で豊かな森の未来を捉えている。

「ヨーロッパに行くと、現地の技術者は日本の森のこともよく知っていて、日本ならではの季節性や安定した雨量をとても評価するんです。日本の山には、本来もっと可能性がある、と。広葉樹は長年軽視されてきましたが、最近は天然林へ近づけたい、水源涵養林を育てたいという相談も増えています。経済とすぐに結びつかない施業でも、J-クレジットで“見えなかった価値”が可視化されるようになり、新たなフェーズも見えてきた。儲かるから作る、ではなく、土地にとって何が健全かという“美学”を含めた日本ならではの森づくりが、次の世代にも広がっていけばと思っています」。


ドイツから直接輸入した、収穫した苗木を束ねる機械。海外の技術や製品を積極的に取り入れる。


文:曽田夕紀子
写真:石澤優雅

FOREST JOURNAL vol.26(2025年冬号)より転載

林業機械&ソリューションLIST

アクセスランキング

  1. 【2025年版 チェンソー7選】メーカーに聞く「林業向け」機種、最適な1台は?
  2. サービス開始1年半で大反響!林業専門の求人サイトRINDOで、未来を担う最高の仲間を採用しよう
  3. フリーマガジン「フォレストジャーナル」最新冬号 12/1発行!
  4. 【林業機械展レポート】有害物質が少ない2ストロークエンジン専用の混合済み燃料「ASPEN2(アスペン2)」
  5. 木質チップ生産&輸送をシームレスに! 諸岡の荷台着脱式フォワーダでコンテナ運搬を効率化
  6. ベテランフォレスターが徹底比較! 現場目線で語るアイテム試着レビュー【ヘルメット編】
  7. 【林業機械展レポート】トヨタ自動車、狙った方向へ木を伐倒するレーザーマッピングを開発
  8. ベテランフォレスター&次世代林業者の装備や現場の持ち物 大公開!
  9. 【2023年版 大型チェンソー7選】メーカーに聞く「林業向け」機種、最適な1台は?
  10. 林業に役立つ人気アイテムを抽選でプレゼント! 応募受付は2026/2/22まで!

フリーマガジン

「FOREST JOURNAL」

vol.26|¥0
2025/12/1発行

お詫びと訂正

» Special thanks! 支援者さま一覧はこちら