主伐後の森林の生態系を守る! 欧米で提唱されている「保持林業」とは?(前編)
2019/12/19
地拵え、植林、下草刈り、除伐、間伐と続き、最後は主伐で、残った木を全部収穫し、山の木をなくしてしまう。このように一度森が消滅したあと、森らしくなるには最低でも10年以上かかり、その間に生態系が大きく変わってしまう。そんな問題点を多少とも和らげる方法として「保持林業」というものが提唱されている。(前編)
保持林業で
森林生態系の回復を
日本の林業は、地拵えから始まり、植林、下草刈り、除伐、間伐と続き、最後は主伐で、残った木を全部収穫する。具体的には山の木をなくしてしまう。
その後に再び地拵え、植林……というサイクルに入るわけだが、この過程では一度森は消滅するわけだ。
伐採跡地にすぐ植林しても、森らしくなるには最低でも10年以上かかる。その間、生態系が大きく変化するのはやむを得まい。
降雨などによる表土の流出なども心配だが、日射が強いと表土が乾燥して、森に暮らしていた野生鳥獣はもちろん、草木や土壌の動物類や菌類……なども生息できず行き場を失ってしまう。
実は、それが森林再生をより遅らせる元なのだ。草木は多くの動物や菌類と共生している。それが成長を高めているのだ。また生物多様性はなかなか高まらず、森林生態系が劣化してしまう。
そんな問題点を多少とも和らげる方法として、欧米で「保持林業(retention forestry)」が提唱されている。
これは主伐(皆伐)施業の際に、伐採地の一部に以前からの植生を残すものだ。広葉樹のほか、日陰部分をつくるため高木を残すなどする。それで森林生態系の回復を早めようというわけだ。
一部でも草木があると、その区画に依存して生き延びた動物・菌類もいて、さらに種子が飛んで新たな植生が広がるのが早くなり、森林の回復が早まるとされる。
木材生産の経済と森林生態系の回復という環境、また景観の維持なども視野に入れた手法として近年急速に普及している。
今やアメリカやカナダ、スウェーデンなど欧米諸国のほか中南米でも行われて、世界中の経営される森林のうち約1億5000万ヘクタールで実施されている。
ここまで広がったのは、FSCなど森林認証制度の認証基準にも組み込まれたためだからだ。
保持林業的な施業を行わないと環境的に問題があるとされて、産出する木材にも疑義がつく。森林を破壊して生産された木材と見なされると、消費者からクレームが入り、木材取引にも影響する。加えて森林の早期の回復は、地球温暖化防止にも寄与するから、世界的な林業の潮流になりつつあるのだ。
残念ながら日本では、こうした施業法はほとんど行われていない。
保持林業(保持伐や保残伐という言い方もされる)を知る林業家も少ない。だが森林の持続性が課題となっている今、早急に取り入れることを検討すべきだろう。
生態系維持のための
日本での動き
実は日本でも、研究は行われている。2013年から森林総合研究所北海道支所によってトドマツ人工林に実験区画を設けた。
ほかにも山梨県や富山県などでも行われている。そこでは残す区画の規模や伐り方、残す木の樹種などさまざまなパターンをとって効果を確かめている。もちろん長期的な観察が必要なため、十分な知見を得るにはまだ早いが、少しずつ進み始めている。
また保持林業とは目的や手法に若干の違いはあるものの、皆伐地の一部に木を残す「保残木施業」や「傘伐」、そして「択伐」と呼ぶような施業法は古くからあった。
樹下植栽と言って、高木を残すことで日陰をつくり、表土が乾かないようにして植栽した苗木の成長をよくする考え方もある。いずれも伐採後の森林の回復を早め生態系の維持に役立つとされる。
日本では林業を伝統的な産業と思いがちだが、世界では林業を最先端技術と科学知識を元に経営する業界と捉えている。
そこで取り入れられるのは林業機械やICT(通信情報技術)だけではない。生態系の回復技術の開発も超速の進歩を遂げている。
スマート林業など最新科学技術を取り入れる動きが始まっているが、こうした施業技術も無視すべきではないだろう。
PROFILE
森林ジャーナリスト
田中淳夫
静岡大学農学部林学科卒業後、出版社や新聞社勤務を経て独立し、森林ジャーナリストに。森林や林業をテーマに執筆活動を行う。主な著作に『森と日本人の1500年』(平凡社新書)、『森は怪しいワンダーランド』(新泉社)、『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)、『絶望の林業』(新泉社)など多数。奈良県在住。