企業との連携で森林クレジットを販売! NFTや「エシカル引越」プランなど、ユニークな取り組み進む
2025/07/25

森林クレジットを媒介とした企業と自治体の連携が全国的に広がりを見せている。LINEヤフーをはじめ、多くの企業を巻き込みながら次世代の森づくりを進めているのが尾鷲市だ。今回はその取り組みを深掘りしながら、クレジット創出に関わる実務担当者の苦労にも迫った。
一次産業の価値を
もう一度高めるために
古くから良質な「尾鷲ヒノキ」の産地として知られる三重県の尾鷲市。だが近年は、人口減少に伴う、林業の担い手不足という課題に直面している。
「平成4年には市内に148人いた林業従事者が令和4年には38人まで減少。高齢化も非常に進んでいます」と明かすのは水産農林課長の芝山さんだ。
「林業のみならず、農業も漁業も同様の課題を抱えています。では、どうしたら第一次産業の価値を再び高められるのか――。その問いと向き合うなかで生まれたのが、サステナブルシティの実現に向けた『ゼロカーボンシティ宣言』と『ネイチャーポジティブ宣言』でした。森林クレジットの活用も、そうした取り組みの一環として位置づけています」。
ネイチャーポジティブな
森づくりを企業とともに
特筆すべきは、こうした取り組みを多くの企業と連携しながら進めている点だろう。
例えば、2025年には同市が創出する森林クレジットを10年間売買する契約をLINEヤフーと締結。ほかにも多くの企業を巻きこんでネイチャーポジティブ推進のためのコンソーシアムを結成するなど、連携の輪は広がりを見せている。
「こうした取り組みで得られた収益は従来型の森林整備だけではなく、生物多様性を意識した森づくりにも活用していきます。例えば、2024年の1月から6月にかけては、市有林である『みんなの森』をフィールドに、延べ700人を超える参加者のみなさまとともに、全6回の森林再生ワークショップを行いました」。
生物多様性も意識した森づくりにも収益を活用!
制度の煩雑さも
地道な努力で突破
同市では、具体的にどのように森林クレジットの創出を進めていったのだろうか。プロジェクトの登録申請といった実務を担うのが同課の髙村彰宏さんだ。
「当市では、市が作業員を直接雇用し、できるだけ補助金に頼らず市有林の整備を進めてきました。そのため、施業履歴は残っていても、その面積を確定するための図面が残っていない箇所も少なくなくて……。プロジェクト申請のために再測量が必要な箇所も多く、そこはなかなか苦労しました」。
森林クレジット制度では、施業実績だけでなく、それを裏づける明確なデータが求められる。手を入れてきた森でも、制度上は“空白地”になってしまうこともあるのだ。
「森林クレジットに取り組む事業体が増えたことで、審査にも想定以上の時間を要しました。書類の修正も含め、一つひとつの手続きに手間がかかった印象です」。
それでもコンソーシアムを組む企業からのサポートもあり、2025年3月までに約1200トンのクレジットを創出。今後も、認証森林の面積を増やすことで、2027年度以降は6500トンのクレジットが創出される見込みだ。
「今後は、市有林だけでなく、民間所有林でもクレジットが取得できる仕組みを企業と共につくりたい。尾鷲の課題解決がカーボンニュートラルというグローバルな課題解決にもつながっていると信じています」と芝山さんは語る。
尾鷲市と企業が進める
森林クレジットの活用事例
尾鷲市×LINEヤフー
尾鷲市とLINEヤフーは、同市の市有森から創出される森林クレジットを2025年より10年間売買する契約を締結。毎年500トンのCO2吸収量を取引していく。これによってLINEヤフーは同社および一部グループ企業のスコープ1排出量をオフセットする。
尾鷲市×paramita
株式会社paramitaは尾鷲市と提携し、「Regenerative NFT」の販売を通じて森林クレジットの創出を支援する「SINRA」プロジェクトをスタート。NFT(非代替性トークン)を媒介とすることで、個人や小さな組織でも、森林クレジットを気軽に購入できるようになった。
SINRAの”Regenerative NFT”は下記のような「蝶」をモチーフとしたデジタルアートとして描かれている。NFTを購入する際のタイミングなどによって色合いなどが変化するようになっている。
尾鷲市×paramita×サカイ引越センター
株式会社paramitaと株式会社サカイ引越センターは、新たな引越プラン「エシカル引越」を共同開発。ユーザーが引越料金に1,000円(税込)を上乗せすると、同額分の森林クレジットをサカイ引越センターが尾鷲市から購入。引越に伴うCO2排出量をオフセットできる。
PROFILE
尾鷲市 水産農林課長
芝山有朋さん
尾鷲市 水産農林課
髙村彰宏さん
取材・文:福地敦
FOREST JOURNAL vol.24(2025年夏号)より転載