世界初、木材トレーサビリティチップ開発! 国産材に高付加価値で利用促進へ
2021/11/09
木材情報をデジタル管理できる、世界初ネジ式「トレーサビリティチップ」がついに完成。開発の背景には、国産材活用のために動いた人々のつながりと、トレーサビリティを確立した木材での楽器づくりの事業があった。
木材トレーサビリティで
需給のマッチングを促進
間もなく林業界に革命が起きようとしている。日本企業のアンデコと信州大学との産学連携によって、これまでにない木材トレーサビリティの新システムで2022年春、サービスが開始される。
林地・原木市場・製材所などの各現場で情報を発信し、デジタル化された全情報をエンドユーザーやメーカーと共有するというものだ。これまでの木材トレーサビリティと違い、直径20ミリの世界初のネジ止めできる木材専用の「トレーサビリティチップ」に全ての情報が集約される。
スマートフォンをICチップにかざせば、その木がどこの場所でどのように育ったか、誰によって伐採されたか、その後の乾燥、木取り、製材、製品化に到るまで見える化され、エンドユーザーはプロセスを丸ごと体験できるのだ。
木材が持つ資源としての価値に加え、木材情報の見える化が実現することで「プロセスエコノミー」として、工程自体も価値となってブランディングされる。
また、木材情報の見える化・取引プロセスのデジタル化によって、川上から川下まで相互に連携されるようになる。C2Cに近い、広葉樹を中心とした木材の取引マーケットの確立だ。各現場間の情報共有と閲覧が可能となり、木材の需要と供給のマッチングを促進する役割も果たしていく。
カリスマ林業師の悲願
民間の木材認証機関の誕生
世界初のこのICチップ開発へと続く物語のきっかけとなったのは、2008年のこと。
創造再生研究所の小見山將昭氏と静岡県の天竜T.S.ドライシステムのカリスマ林業師であった故・榊原正三氏の出会いだった。榊原氏は早い時期から旬期月齢伐採と葉枯乾燥と製材後の天然乾燥で虫がつきにくい造材を手掛け、樹伐採地のGPS、年月日時、樹種、サイズ、ヤング係数、含水率等のデータを打ち込む機械を開発し、バーコードを伐採木に貼り付けてデータ管理するシステムを導入して、天竜材をブランディングしていた。
天竜といえば吉野に並ぶ日本三大人工美林の1つ。2020年東京オリンピック・パラリンピックの競技会場の外装で最も多く使われ、その美しい木目は世界へ発信された。今回の東京オリパラでは、森林認証を取得した木材のみが使用されたが、当時、榊原氏が行政に再三木材の認証を交渉するも叶わず、結果、2011年、小見山氏による民間の木材認証機関「SAKUWOOD認証協議会」の発足に繋った。
針葉樹のエレキギターが
ウッドデザイン賞を受賞!
小見山氏を中心に、20年余り前から森林生態系と国産木材利用促進の文化を検証し実践する試みが続けられてきたが、その1つに壮大なプロジェクトがあった。それが
天竜の水窪杉と北海道の栓の木を使ったエレキギター「Moon Revolution」の製作である。
京都大学農学部森林科学学科教授(当時)の高部圭司氏らがその完成品の木質形成と音響特性の分析を行ったところ、音の抜けが良く、アコースティックギターのように残響が豊かで、これまでのエレキギターの常識を覆す音色であると評価した。実際、多くの人に評価され、2015年にはウッドデザイン賞を受賞した。
SAKUWOOD認証協議会が発足した2011年といえば、小笠原諸島が世界遺産に登録された記念すべき年でもある。ユネスコの認定を受けるには、移入樹種の1つで日本の侵略的外来種ワースト100にも選定されている広葉樹「アカギ」を駆逐する必要があった。
小笠原諸島は大陸と一度も陸続きになったことがなく、動植物が独自の進化を遂げてきたことから固有種が多く生息・生育している。外来種との競争に弱く、外来種の増加による固有種の衰退が深刻な状況となっていた。その環境整備に当たっていたのが小笠原グリーン株式会社である。
アカギ伐採後の活用方法に林野庁国有林野部長時代から頭を痛めていた沖修司氏が、林野庁次長(2017年から長官)の際、現地視察経験からあるアイデアが閃いた。そして「アカギでギターを作れないか」と小見山氏に相談を持ちかけた。
やがてSAKUWOODの公益社団法人国土緑化推進機構への助成申請が採択され、多くの関係者の協力のもとで完成したのが、アカギのクラシックギター「バレリーナ」である。
ボディ、ネック、指板、側板全てにアカギが使用され、ソリッドで芯のある音質を特徴とし、特に高音域が美しい。そのクオリティは、高部教授らによる木質と動的振動では、ワシントン条約で規制対象となった絶滅危惧種のマホガニーやローズウッドにも引けを取らない高いレベルにあることが実証された。
日本の森林がワシントン条約を規範にトレーサビリティを管理し、いずれ世界へ向けて木材を輸出する日が訪れるのもそう遠くないかもしれない。このビジネスモデルは、日本の林業界に革命を起こし明るい未来を切り拓くに違いない。
文:脇谷美佳子
イラスト:堀千里
FOREST JOURNAL vol.9(2021年秋号)より転載