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天皇杯を受賞した樹苗生産者の三代目が挑む! 再造林率向上に貢献する黒字化経営

次世代に林業を引き継ぐには、今、再造林率を高める事が必要だ。ところが再造林率を上げようにも「苗が足りない!」という現実がある。その背景にあるのは、樹苗生産では儲からない、という構造的な問題だ。そんな現状を打開すべく奮闘する若手樹苗生産者がいる。

<目次>
1.天皇杯を受賞した樹苗生産者でも儲からない
2.樹苗生産者の経営が安定すれば苗を安定供給できる
3.林田樹苗農園の新たな取り組みCO₂局所施用

 

天皇杯を受賞した
樹苗生産者でも儲からない

スギ素材(丸太)生産で33年連続して日本一に君臨する宮崎県においてさえも、林業従事者が減少している。宮崎県は持続可能な森林・林業・木材産業の確立に向けた各種施策を実施しているが、一方で、伐採後の再造林率は70%台に留まっている。これでは宮崎の林業は、持続可能性を保つことができない。

そこで宮崎県は、林業関係者が一致団結して再造林率日本一を目指す、都道府県初の再造林に関する条例「宮崎県再造林推進条例」を制定した。宮崎の林業の現状を、林田樹苗農園の三代目、林田尚幸さんが説明してくれた。

「現代に生きる私達は、先人達が育んできた宮崎の森林を、次世代に引き継ぐ必要があると思っています。森林は本来、素材生産のためだけに存在するのではなく、水源の涵養や県土の保全のほか、生物多様性を保全する機能があるわけです。賛否両論あるかもしれませんが、それら機能を循環維持できるように、林業採算性が高い森林の再造林が大切になってくると思います。森林の多面的機能を発揮させることで、県民は安心して暮らすことができますし、農林水産業も賑わいを保つことができるようになります。実現するには地域に根差した循環型林業体系を構築する必要があるのです」。


林田樹苗農園の育苗ハウス。

林田さんは宮崎県中部にある児湯郡川南町に本拠地を置く樹苗生産者、林田樹苗農園の三代目。祖先を遡ると、自宅をツツジの名所「迎洋園」に育て上げた名高い苗木屋である綾部市太氏に辿り着く、根っからの苗木屋だ。

「苗木屋はいったん途切れたのですが祖父が再興して、それを受け継いだ父は長年新しい育苗技術開発に携わり、農林水産大臣賞と天皇杯を受賞しました。その数年前に母が体調を崩したため、私は父を手伝おうと実家に戻りましたが、夢があったため、最初は後を継ぐ気はありませんでした。」と、林田さんは振り返った。

それでも、お父様と共に働くことで、自身が育てている苗がいかに優れているのかを理解していったという。

「祖父と父が苗木を作っていた時代は、育林時代で苗木の需要は少なく、兼業で造園や芋の栽培を行って生計を立てていました。どんなにいい苗を作っても売れ残り、燃やしてしまうこともあったそうです。再造林の時代に入ると、苗を仕入れて植える事業体や森林組合からの注文が増え、取引を繰り返しているうちに『林田さんの苗はよく育つから!』とかなり早い時期から注文をくださるようになりました」。

農林水産大臣賞と天皇杯を受賞する頃には、元々は農業に興味を持っていた林田さんも、すっかり樹苗に魅入られていた。


「天皇杯は父の目標でした。林業からは毎年一人しかいただけない賞ですから、父を誇りに思います。私は、父が築き上げた育苗技術を土台に、磨きをかけていこうと思います」(林田さん)。

「父の技術を継承して丁寧に育てれば、誰よりも良い苗を育てることができました。ただ、『どれだけ良い苗を育てても儲からない』という現実からは、逃れることはできません。経営を改善することが、最優先事項でした。現在は、既存の技術を土台に新たな育苗方法を取り入れ育苗コストの低減に取り組んでいます。まだまだ途中ではありますが……」。

本腰を入れて樹苗生産に取り組むことを決意した林田さんは、2020年に事業を継承して法人化した。従業員は家族の他に正社員1人とパート4人と短期アルバイト2人だが、取材当日も全員がお揃いのTシャツを着て、和気あいあいと働いていた。

「従業員がここで働きたくなるような環境を整えることが大切だと思っています。お給料は高くはないですが、その代わりに一人一人の生活に合わせて家族との時間や個人の時間を大切にできるような就業体系をとっています」と林田さんは説明した。


「スギ苗の挿し木による生産は、九州が誇る技術です。無花粉スギの増産が求められる時代が来れば、私達の挿し木による育苗技術を大いに活用できるようになると考えています。未来は決して暗くありません」と林田さんは語る。

一方で、林田さんが最も力を入れているのは、スギ苗生産の効率化だ。その象徴がMスターコンテナ苗。事業体や森林組合からは、植栽適期を待つことなく植えることができることが高く評価されている。このMスターコンテナ苗をより効率的に生産するため、林田さんはCO₂局所施用機を導入した。密集させた苗にCO₂を施用して促成栽培することで、栽培期間の短縮に成功した。


これがMスターコンテナ苗。ルーピング現象を防止できるほか、シートの巻き加減により直径を調整可能であり、また育苗中の苗木の密度を調整できること、苗木の取り出しが容易であること、といった多くの特徴がある。

樹苗生産者の経営が安定すれば
苗を安定供給できる


母樹から採取した枝を、ボラ土という都城市でとれる軽石に挿し、適度な湿度に保つことで発根を促す。発根したら、上掲のMスターコンテナに包み、一定の高さにまで育てる。林田樹苗農園のスギ苗が特に元気なのは、この手間を惜しまないからだ。

そんな林田さんは現在、スギ苗にCO₂を局所施用することで成長率がどのように変化するのか、その成長率を測定している。この研究には、密植+CO₂施用という苗木生産技術の確立のためだけでなく、実はもう一つ大きな狙いがあるという。

現在、樹苗生産にJクレジットは適用されないと聞いています。苗木がCO₂を吸収していることを科学的に証明できれば、樹苗生産者もJクレジットや森林環境税を上手く活用できるようになる可能性があります。そこに挑戦しているのです。樹苗農家は儲からないとお話しましたが、それはウチだけではありません。再造林率が低い時代が長く続いたため、苗の需要は少なく低価格なままでした。その結果、ここ川南では樹苗農家は一度当社だけになってしまいました。ホームセンターで売っている野菜の苗は300円や400円は当たり前ですが、それに比べスギ苗はとても低価格です。こうした状態が長く続いた結果、心が折れて廃業した樹苗生産者を見続けてきました」。

そんな雌伏の時を経た今、ようやく苗が求められるようになった。これはビジネスチャンスに違いない。ところが林田さんの説明は違っていた。

「もはや生産しても利益が出ない樹苗生産者には需要増に応える体力がなく、十分な苗を供給できません。事業体や森林組合が苗を注文してくれても供給できるのは数年先……。これでは再造林が進みません。業を煮やした一部の森林組合では、スギ苗の自家生産を始めています。彼らは森林のプロフェッショナルですが、樹苗のノウハウはありませんから、可能な限り当社の技術を公開して協力しています。この問題の根本は、樹苗生産は林業として捉えられておらず、苗木はお金を出せば買えるという前提のもとにあらゆる話が進んできた歴史にあると考えています。あまり言いたくないのですが、林野庁が公開している資料の「森林資源の循環利用」というイメージ図の始まりは『植える』になっています。植えるための苗を育てる=樹苗が抜け落ちているのです」。

林田さんは現在、スギ苗が二酸化炭素を吸収しているエビデンスを揃えて、論文を執筆しようとしている。その成果をもって、樹苗生産者がJクレジットや森林環境税を活用できる仕組みを構築したい、と考えているのだ。

「それが実現すれば、多少なりとも樹苗農家に体力がつき、増産に向けた取り組みができるようになります。そうすることで必ず、持続可能な循環型林業への一歩となるはずです」。

林田樹苗農園の新たな取り組み
CO₂局所施用


林田さんは現在、東京大学大学院農学生命科学研究科付属演習林の後藤晋准教授と共同研究を行っている。CO₂局所施用による成長率の変化を科学的に証明する、論文を執筆しようとしているのだ。取材日は月に一度の測定日で、スタッフが丁寧に一本一本成長を記録していた。


CO₂局所施用機はオムニア・コンチェルト製品を採用した。「追肥をしなくても元気な苗を短期間で育苗できるようになった」と林田さんは成果を語る。


文:川島礼二郎
写真:谷口智彦

FOREST JOURNAL vol.21(2024年秋号)より転載

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