土地の性質に適合した森の運営を C.W.ニコルさんが目指した森林・林業の再生
2020/04/08
C.W.ニコルの森づくりの記録「森と人との関わり方」の連載。第3回目のテーマは森林の復活。英国の森林は狂牛病問題を機に復活したが、同国に森を育てきった人間がいないことを危惧する同氏。樹木病害を防ぐためにも、土地の性質に合わせた林業をすることが重要だ。
2020年3月29日、C.W.ニコルさんが亡くなりました。フォレストジャーナルに語っていただいた、「森と人との関わり方」についてのインタビュー記事を、改めて追悼掲載します。
連載第1回:「アファンの森」から始まった、日本で自然を保護する活動
連載第2回:日本の「里山」と英国の「コピス」、原点に立ち返り森を生かす
里山も森も多様性が重要
土地の性質に合わせた林業を
英国では森林が復活していますが、そのきっかけは2000年代初頭に起こった狂牛病問題です。日本や米国などでも起こりましたが、狂牛病とは簡単に言えば、牛の脳の中に空洞がで きてスポンジ状になる伝染病のこと。これにより食肉流通が大混乱しました。それで大ショックを受けた英国政府が主導し、農業改革が始まったといわれています。
特にチャールズ皇太子が伝統的な農業を復活させたことが大きい。狂牛病の原因は飼料として与えていた肉骨粉という、 普段なら食べないような自然に逆らったものでした。それは良くないということで、できる限り農薬を使わない有機栽培(オーガニック)が盛んになりました。
それに連動して馬を使った林業も復活し、生活自体もナチュラルな感じになっていきました。良い農業をすると風景が良くなります。花や蝶が戻ってくるからです。人がていねいに仕事をするようになり、生活も潤いのあるものに変わってきました。
これは日本でも同じだと思いますが、そういう環境になれば、子供のいる若い人が知恵を持って移住してきて、田舎でも素敵なレストランができたりと元気になります。そうやってどんどん地域が活性化していくのです。
しかし、英国の林野庁には思うところがあります。彼らは2〜3年しか現場にいませんから、森を育てきった人がいません。森のことをきちんと理解していないから、杉やカラマツなどばかり植えます。今、英国では温暖化で虫が増えて木が枯れたり、カラマツが病気になったりするのが問題視されています。里山も森も多様性がないとダメです。
私は前々から土地の性質に適合した森の運営をしたかった。その希望を、私と日本の林野庁が共同管理している国有林で実現しました。杉や檜だけで土もやせていれば広葉樹と針葉樹をミックスする場所にしたり、一切良材が育たない場所は自然林に戻したりする。そうすれば水などの自然環境もじわじわ回復します。これをゾーニングといいますが、土地の性質に合わせた林業をして無駄がなくなりました。
「50年で皆伐」ではなく、
「80年くらいで択伐」の考え方を
今、林業では「50年で皆伐」が常識になっていますが、そうではなく、「80年くらいで択伐」をして良い材を高く売る。その方がずっと経済的利益になります。
この「択伐」は、故高橋延清先生の教えから生まれました。東京大学の北海道演習林(北海道富良野)で研究を続けた林業の第一人者で、天然林を対象として生態系に配慮した独特の伐採法を確立しました。これがいわゆる「林分施業法」というもので、林業関係者のバイブル的存在ですね。
高橋先生は5回、ここ「アファンの森」に来てくれました。 私のことを「バカ息子」と表現しながらも親しく交流していただきました。
富良野の森はとても広大ですが、夏は飛行機から林道が見えなくなるほど木が生い茂ります。大雨が降っても雪解けし ても、水が濁らない。土の質がすごく良いのです。そのため、ミズナラなど良質の木材が取れます。中には1本5000万円クラスの木もあります。私は東大は別に好きではありませんが、この富良野の森だけは大好きです。
林業に携わるフォレスターはつらい道かもしれませんが、 健康的に働けますし、多くの仲間も作れます。日本を素晴らし い国にするヒントが林業の中にたくさん詰まっています。
PROFILE
C.W.ニコル
作家・1940年イギリス南ウェールズ生まれ。1995年日本国籍取得。カナダ水産調査局北極生物研究所の技官・環境局の環境問題緊急対策官やエチオピアのシミエン山岳国立公園の公園長など世界各地で環境保護活動を行い、1980年から長野県在住。1984年から荒れ果てた里山を購入し「アファンの森」と名づけ、森の再生活動を始める。2005年、その活動が認められエリザベス女王から名誉大英勲章を賜る。2011年、「アファンの森」が日本ユネスコ協会連盟の「プロジェクト未来遺産」に登録される。2016年、(社)国土緑化推進機構より「第6回みどりの文化賞」受賞。2016年、天皇、皇后両陛下がアファンの森をご視察された。
FOREST JOURNAL vol.3(2020年春号)より転載