歴史は繰り返す? ヤト・ヤソの被害にご注意!
2019/12/05
皆伐再造林が増え、下刈りを省略したり、筋刈りや坪刈りにするようになった。しかしそれによって、40~50年前のような野生鳥獣による森林被害が増加したのだ。コストダウンの裏側にあった思わぬ落とし穴に、我々はどう対処していくべきか。
帰ってきた天敵
先日訪れた植林地でのこと。周囲にシカ対策用の網が張り巡らされているのに、今年植えられたというヒノキの苗木は、多くが穂を切り取られ、植えた時には30cmはあったという丈が半分くらいかそれ以下しかない。
目立たないので、うっかりすると踏みつけてしまいそうになる。
「なんだ、シカに入られちゃってるじゃないか」と思っていると、同行していた造林の研究者が「こりゃあヤトだな」とつぶやくのである。
「え? ヤト、ですか?」。きょとんとして聞き返す私に、その研究者は「そう、ヤト。ウサギですよ」と教えてくれた。ヤトとは「野兎」、野ウサギのことだったのである。
この現場は、省力化のためにできるだけ下刈りを省略しようということで、苗木の周りを筋状に刈る「筋刈り」という手法が採用されていた。そのため、苗木から離れたところは、やはり筋状に草が残る。
それを見やって件の研究者は「こういうところはね、ヤトやヤソが天敵の猛禽類から隠れるのにちょうどいいんですよ」と続ける。
おわかりだろうが、ヤソとは耶蘇ではなく、野鼠である。キリスト教ではなく、野ネズミのことを言っているのである。
筋刈りで残された草むら。ウサギやネズミの格好の隠れ場所になる。
「昔の造林の教科書には、ウサギやネズミが増えないように、こういう刈り残しをするなって書いてあったんですよ。今はどうかなあ。いずれにしても、最近は皆伐再造林が増えているでしょ。野兎や野鼠の被害も昔みたいに増えますよ。歴史は繰り返すってやつです」
そういえば確かに、拡大造林が盛んに行われていた今から40~50年前は、野生鳥獣による森林被害と言えば、ウサギやネズミによるものが主流だったと、古い資料で見た覚えがある。
だが、最近はウサギやネズミの被害はめっきり減り、シカによる被害が深刻化しているのは周知の通りだ。林野庁の直近のデータでも、シカの被害が全体の7割以上を占め、ネズミの被害はわずか12%、ウサギとなると1%しかない。
それが今後はまた増えるだろうと、この研究者は予測してみせるのである。
過去から学ぶ
「ウサギなんか、昔の作業員は罠で捕まえてけっこう食べてたんですよ。でも、今はそんなことしないでしょ。増えるだろうなあ」。
実はこの現場は国有林だったのだが、案内してくれた国有林のスタッフは、食生活の変化とからめた分析までしてくれた。
確かに今は肉が簡単に手に入るから、ウサギを捕って食おうなんて人は滅多にいまい。
池波正太郎の小説「鬼平犯科帳」では、兎汁が名物の料理屋も登場したが、それは江戸時代の話。ウサギ料理を専門に出す店というのは、今どき聞いたことがない。
「それじゃあ、これはウサギの食害なんですね」。そう念を押すと、「違う違う。ウサギは食べてるわけじゃないんですよ。前歯でスパッて切り飛ばして遊んでるだけなの」と研究者。
ウサギによって穂が切り飛ばされてしまった苗木。鋭利な刃物で切り取られたかのような切り口で、彼らの歯の鋭さが想像できる。
国有林のスタッフも「ウサギのスポーツだなんて言う人もいますよね」などと言う。まったくこちらは知らないことだらけで、ただただ拝聴するばかりであった。
皆伐再造林による新植地が増え、下刈りを省略したり、筋刈りや坪刈りにしたりすることで、今後どんなことが起きていくのか。
コストダウンのためのチャレンジも必要だが、かつての造林技術に学ばなければならない場面も出てくるかもしれない。
DATA
PROFILE
林業ライター
赤堀楠雄
1963年生まれ、東京都出身。大学卒業後、10年余にわたる林業・木材業界新聞社勤務を経て99年よりフリーライターとしての活動を開始。現在は林業・ 木材分野の専門ライターとして全国の森や林業地に足を運ぶ。